初期被ばくと原発避難計画

福島の今とエネルギーの未来

把握されなかった初期被ばく

被ばくと健康被害の因果関係の検証を難しくしている理由のひとつに、事故当初の甲状腺被ばく検査が行われなかったことがあげられる。

当時の福島県の緊急時医療マニュアルでは、避難住民が受けるスクリーニング(避難時の検査)で、13,000cpm1以上の体表面汚染が計測された場合、体表面の除染(ふき取りや洗浄)を行ったあと、再度の測定、甲状腺被ばく測定や鼻スミア2、安定ヨウ素剤の服用が行われ、記録にも残すことになっていた。しかし、実際にはこれは行われなかった。

図 2011年当時のスクリーニング手続き

出典:原子力安全委員会資料

本来、スクリーニングには2つの目的があった。1つは住民の内部被ばくを早めに察知して必要な措置を講ずること、1つは放射性物質の拡散を防止すること。ところが前者がすっぽりと抜け落ちてしまったのだ。

放射性物質が降下する中、避難する住民が、放射性ヨウ素などを吸い込み、内部被ばくをしている可能性があるためである。13,000cpmの体表面汚染が検知されているということは、1歳児の場合、甲状腺等価線量100mSvに相当する内部被ばくをしている可能性があると評価されていた。このため、13,000cpmを検知した場合、第2段階として甲状腺被ばく測定や、安定ヨウ素剤の服用などが定められていた。

しかし、避難時の混乱の中で、スクリーニングに長い列ができる等の事情もあり、3月13日、県は国と対応手順の簡略化を協議し、3月14日、13,000cpmという基準をGMサーベイメーターで測定できる最も高い値の10万cpmに引き上げた。

そればかりか、その基準を超えても、甲状腺検査や安定ヨウ素剤の服用指示は行われなかった。その経緯は明らかではない。26万6,042人がスクリーニングをうけたが、数千人しか記録が残されなかった。福島県は、これは、当時の福島県の緊急被ばく医療活動マニュアルに反していたと認めている。

浪江町津島から避難したKさんは、2011年3月15日、避難途中の郡山総合体育館でスクリーニングを受けた。そのとき、測定器の針が振り切れ、10万cpm以上を示していたが、甲状腺測定も行われず、記録にも残されなかった。上着をぬぐよう指示され、ビニール袋に入れて渡された。なるべく早く手や髪を洗うように指示された。

「名前もきかれませんでした。どこから来たかときかれて『津島』と答えると、『また津島だ』と測定している人たちの間で言い合っていました。つまり私だけではなかったんですね」。その後、Kさんは甲状腺がんを発症。しかし、当時の被ばく量を証明するものは何もなかった。

2019年7月2日、KさんおよびFoE Japanとの会合で、福島県は、「想定外の事態であったため、マニュアルに沿った運用をすることはできなかった」と認めた。また、「現在、避難者の測定について残っている記録は一部にすぎない」「情報がないため、マニュアルに記載されていた13,000cpm以上の住民に対する甲状腺被ばく測定などが、なぜなされなかったかの経緯についてはよくわからない」とした。

原子力災害現地対策本部は、2011年3月24〜30日、飯舘村、川俣町、いわき市の1,080人の子どもたちの甲状腺測定を行ったのみ。全員が100ミリシーベルトを下回ったため、それ以上の測定は行わなかったとする。避難指示がでた区域の住民については「避難をしたから被ばくはしなかった」という理由で甲状腺の測定を行わなかった。実際には、濃厚な放射能雲(プルーム)が流れたのと同じ方角に避難してしまったケースもあり、避難途中や避難先で放射性ヨウ素を吸った恐れもある。

形骸化したスクリーニング

現在、原発から30km圏内の自治体は、原子力規制委員会の定めた「原子力災害対策指針」にもとづき、原発事故時の避難計画を策定することになっている。

「スクリーニング」という言葉は「避難退域時検査」に置き換えられた。13,000cpmだった基準は、40,000cpmに引き上げられた。これは1歳児の甲状腺被ばく等価線量300mSvに相当する。しかも、まず車両を測定し、車両が40,000cpmを超えたときは代表者を測定、代表者が40,000cpm以上だった場合は、乗員全員を測定するという手順だ。40,000cpmを超えた場合、「簡易除染」で、除染後の再検査、甲状腺測定、鼻スミアなど内部被ばくを念頭においた措置は書かれていない。記録についても規定がない。「住民の内部被ばくの把握」という本来の目的はまったく失われてしまった。

図 現在のスクリーニングの手順

注)OIL4:40,000cpm

確かに、実際に原発事故が起こった時に、スクリーニングによって渋滞などが起こり、迅速な避難を妨げることはあるだろう。しかし、だからといって形だけのスクリーニングは本末転倒だ。もし、迅速な避難と「住民の内部被ばくの把握」も含めた本来のスクリーニングが両立しえないのであれば、それは実効性ある避難計画は策定不可能ということである。原発の再稼働をあきらめるべきだろう。


  1. 放射線測定機に 1 分間に入ってきた放射線の数(カウント・パー・ミニット)
  2. 放射性物質を吸入摂取したおそれのあるときに、鼻孔内の汚染物を綿棒などでふき取って採取し、その放射能を測定すること。

(『福島の今とエネルギーの未来2020』)

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