ALPS処理汚染水の海洋放出

福島の今とエネルギーの未来

 福島第一原発の敷地で増え続ける処理汚染水について、政府は2020年夏にも、海洋放出の方針を決定するとみられていた。しかし、漁業関係者をはじめ、多方面から反対の声があがり、2021年1月現在、処分方法に関して、未だ決定されていない。東電はタンク増設に向けた検討を行っている。

 問題となっている処理汚染水とは、燃料デブリの冷却水と原子炉建屋およびタービン建屋内に流入した地下水が混ざり合うことで発生した汚染水を多核種除去装置(ALPS)などで処理し、タンクに貯蔵している水を指す(図)。タンクはすでに1,000基を超え、貯蔵されている処理汚染水は120万m3以上となった。

 トリチウムの総量は推定約860兆Bq。また、約8割の水で、トリチウム以外の62の放射線核種の告示濃度比総和1が1を超えている2。東電は海洋放出する場合は二次処理を行い、基準以下にするとしている。しかし、現在、タンクの中に存在する放射性物質の総量は示されていない。

 2020年2月、汚染水の取り扱いについて検討を行っていたALPS小委員会が報告書を発表し「海洋や大気への放出が現実的な選択肢」とした。

 経済産業省は、トリチウムは世界各地の原発で放出されている、健康に影響はほとんどない、という趣旨の説明をしている。トリチウムをめぐっては、放射線のエネルギー量はたいへん低いものの、有機結合型のトリチウムが細胞に取り込まれた時の影響、DNAを構成する水素と置き換わりヘリウムに壊変したときにDNAが破損する影響などが指摘されている3

漁業者の反対

 福島県漁業協同組合連合会(県漁連)は、「海洋放出には断固反対であり、タンク等による厳重な陸上保管を求める」と、繰り返し反対を表明。隣接する宮城県、茨城県の漁連も放出に反対を表明した。全国漁業協同組合連合会は6月23日、通常総会にて、汚染水に関し「海洋放出に断固反対する」との特別決議を全会一致で採択した4。さらに、10月15日には、梶山経産大臣、小泉環境大臣らを訪問し、海洋放出反対の要請書を手渡した。

 地元の漁業者は、事故直後から東電による汚染水の意図的、非意図的な放出に煮え湯を飲まされてきた。東電が汚染水の漏洩を後から発表したこともある。そうした経緯もあり、県漁連が地下水バイパスやサブドレン(原発近傍の井戸)からの水の海洋放出について了承せざるを得なかったときに、ALPS処理汚染水に関しては、東電に「関係者の理解なしには処分をしない」と約束させた。今回、もし東電が海洋放出を行えば、約束違反となる。

国民の声はきかれたのか

 反対しているのは漁業者だけではない。福島県では59市町村のうち41市町村議会が、海洋放出へ反対もしくは慎重な意見書や決議を可決した。

 反対の声は海外にも広がった。2020年5月13日には、台湾の23の環境NGOが、汚染水の海洋放出は、放射性物質の海洋投棄を禁じているロンドン条約の趣旨に反するとして、経済産業省に意見書を提出。このほか、韓国、フィリピン、イギリス、オーストリア、オーストラリア、アメリカのNGOも反対の意見を経産省に提出した。

 6月9日には、4名の国連特別報告者が連名で声明を発表し、「日本政府が重要な議論のための時間あるいは機会を提供せずに」、コロナ禍の中で処理汚染水を海洋放出する決定を急ぐことに懸念を表明した。

 小委員会報告書が出る1年半ほど前、まだ小委員会での議論が道半ばであった頃、経産省は、小委員会事務局主催という形式で2018年8月30日、31日に福島県の富岡町、郡山市、東京都千代田区で「説明・公聴会」を開催した。公聴会では、公募で選ばれた意見陳述人が意見を述べたが、44人中、42人が明確に海洋放出に反対。多くの人がトリチウムの環境中への放出の危険性を指摘し、タンクで長期陸上保管すべきと述べた。この模様は大きく報じられた。

 小委員会が報告書を取りまとめて以降、経産省はその内容に関する公の場での説明会や公聴会などは一切実施していない。その代わりに、2020年4月以降、福島県の自治体や、自らが選んだ産業団体や自治体の代表からの「御意見を伺う場」を、現在までに福島や東京で、計7回開催した。新型コロナウイルスの感染拡大が生じている時期であり、傍聴をいれず、テレビ会議を駆使した会合で、関係各省の副大臣が出席する中、自治体の首長や各団体の代表が一人ずつ、意見を言い、質疑もほとんど行われない、という極めて儀式的な会合であった。

 発言をした44人中、43人は男性。日本社会ではこれらの団体の長が比較的高齢の男性で占められていることが原因であろう、結果的に、女性や若者の声はきかれなかった。

 こうした形式的な意見聴取の場でさえ、福島県漁連のみならず、福島県森林組合連合会、福島県農業協同組合中央会も海洋放出、大気放出に反対の意見を述べた。すなわち、地元の一次産業の団体が、いずれも反対したことになる。

 一般からの意見は、「書面で受け付ける」としたのみであった。いわゆるパブコメ(一般からの意見募集)だ。集まったパブコメ総数は4,011件。JNNの開示請求により、そのうちの1割ほどが開示されたが、7割以上が、放出に反対する意見や陸上保管を求める意見であった5。経産省は、パブコメの内容およびそれに対する回答は、処分方針決定と同時に発表するとしている。本来、意見を寄せた人たちと双方向のやりとりをした上で、方針決定を行うべきではないのか。

無視された代替案

プラント技術者も多く参加する民間のシンクタンク「原子力市民委員会」の技術部会は、「大型タンク貯留案」、「モルタル固化案」を提案し、経済産業省に提出した6

このうち、大型タンク貯留案は、ドーム型屋根、水封ベント付きの10万m3の大型タンクを建設するというもの。7・8号機予定地、土捨場、敷地後背地等から、地元の了解を得て選択することを提案。800m×800mの敷地に20基のタンクを建設し、既存タンクも順次大型に置き換えることで、新たに発生する汚染水約48年分の貯留が可能になる。大型タンクは石油備蓄などに使われており、多くの実績をもつ。また、ドーム型を採用すれば雨水混入の心配はない。大型タンクの提案には、防液堤の設置も含まれている。

アメリカのサバンナリバー核施設で、モルタル固化処分された汚染水出典:SavannahRiverRemediationLLC(SRR)

 「モルタル固化案」は、アメリカのサバンナリバー核施設の汚染水処分でも用いられた手法で、汚染水をセメントと砂でモルタル化し、半地下の状態で保管するというもの。モルタル化により、放射性物質の海洋流出リスクを遮断できる。ただし、セメントや砂を混ぜるため、容積効率は約4分の1となる。「それでも800m×800mの敷地があれば、約18年分の汚染水をモルタル化して保管できます」と、同案のとりまとめ作業を行った原子力市民委員会の川井康郎氏(元プラント技術者)は説明する。

敷地は本当に足りないのか

 土捨場となっている敷地の北側の利用、福島第一原発の敷地を拡張できるのではないかなどの意見も出されている。敷地拡大については、経済産業省は地元への理解を得るのが難しいとして否定的である7。最近になって、以前使われていた旧型の空タンクが置かれている場所がまだ使えるスペースであることが報道され8、東電は現在、このスペースを使ったタンクの増設を検討している。

「東京で使う電気のために…」

 朝日新聞および福島放送が2020年2月下旬に行った世論調査によれば、福島県の有権者のうち、処理水を薄めて海に流すことに57%が「反対」と答えた。また、福島県の地元紙である福島民報は、「本県沖や本県上空が最初、あるいは本県のみが実施場所とされるのは、さらなる風評につながり、絶対に許されず、認められない」(2019年12月27日)としている。

 FoEJapanは、この件に関して福島県いわき市の小名浜港や新地町の漁港を訪問し、漁業者の方々からのお話をきくことができた。彼らの抱いている危機感は強い。共通したのは、原発事故による打撃からようやく立ち直ろうとしている最中、これ以上、放射性物質を海に流されてしまうことへの拒否感、長期にわたる影響への不安、たびたび反対の声をあげているのにもかかわらず、その声が聞かれないことへの怒りと不信だ。

 「東京で消費する電気をつくるための原発が事故をおこし、それによって漁業がいためつけられている。汚染水が安全だというのならば、東京で流せばよい」。そういう声も複数あった。

新地町釣り師浜漁港にて

 さらに、「これは漁業者たちだけの問題ではない。日本全体の問題だ」という声もきかれた。

意思決定前にやらねばならぬこと

 放射性物質は、集中管理が原則であり、環境中に拡散させるべきではない。処理汚染水を海洋に放出すべきではなく、大型タンクによる陸上保管案、モルタル固化案、敷地拡張案などを早急に検討すべきである。

 政府は、意思決定の前に、まだやらねばならぬことが山積している。まず、政府および東電は、現在タンクにためられている水に含まれる放射性物質の核種とそれぞれの総量を示すべきである。また、代替案および放出した場合のリスクを検討し、その結果を示すべきである。さらに、誰もが参加し、意見が言える場で、政府・東電からの説明および質疑も含めた形での説明会、公聴会を行うべきであろう。

漁業者の声を可視化し、発信

「そもそもALPS処理汚染水って何?」「何がふくまれているの?」「トリチウムって安全なの?」「本当に海に流すしかないの?」――FoEJapanではそんな疑問の数々に答えるために、わかりやすいQ&Aを作成し、広く配布しました。また、他の市民団体とともに、いわき市や郡山市で学習会を開催しました。

2020年2月には、いわき市の小名浜漁港、新地町の釣り師浜漁港で、漁業者のお話しをきき、12分の映像(「福島の漁師たち」)を作成。

また、議員会館にて、いわきの漁業者をお招きし、「漁業者のお話しをきく会」を開催。経済産業省や国会議員に漁業者の生の声を伝えました。

さらに、5月には、岩手、宮城、福島、茨城、千葉、東京の6都県の漁協を対象にしたアンケートを実施し、福島県以外の漁業関係者も処理汚染水の海洋放出に反対している実態を明らかにしました。また、オンラインで5回の連続パブコメ・セミナーを開催し、多くの人たちにパブコメの提出を呼びかけました。

注釈1:告示比総和は各核種濃度の告示濃度限度に対する割合を足し合わせたもの。排出基準として1未満でなければならない。
注釈2:2019年11月18日東電発表資料
注釈3:上澤千尋(2013年5月)「福島第一原発のトリチウム汚染水」科学
注釈4:全漁連プレスリリース「福島第一原発事故に伴う汚染水の海洋放出に断固反対する特別決議」(2020年6月23日)
注釈5:TBSニュース「原発の汚染処理水、“国民意見”は「放出反対」が7割」(2020年10月16日)
注釈6:原子力市民委員会(2019年10月3日)「ALPS処理水取扱いへの見解」
注釈:7第16回多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会資料4
注釈8:河北新報「福島第1処理水タンク敷地に空き1年分東電、活用示さず『設置完了』」(2020年12月18日付)

(『福島の今とエネルギーの未来2021』)


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関連映像:福島の漁師たちー『汚染水』を放出しないで

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