【寄稿】実は高い原発の電気

    福島の今とエネルギーの未来

    —松久保肇(NPO法人原子力資料情報室) 

     東電福島第一原発事故後、日本の多くの市民は原発のない社会を望むようになりました。一 方、国は原発を必要な電源だとしており、電力会社も巨額の工事費を投じて、原発の改修を行っています。どうして、そこまでして原発を動かしたいのでしょう。国はその理由として①発電コストが低廉で安定的、②準国産エネル ギー源、③運転時には温室効果ガスの排出がない、という3点を挙げています。これは原発でないとできないことなのでしょうか。 

     原発の燃料となるウランは国内では採掘できず、主にオーストラリアやカナダ、ナミビア、 ニジェールなど海外からの輸入に頼っています。一方で、ウランは少ない量でも多くの発電ができるので、国内にたくさん保管しておけます。そういう特性から国は「準国産」だと称しています。しかし、太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギーは純粋に国産のエネルギーですから、そういう意味では原発よりも優れています。また温室効果ガスの排出量も、原発と再生可能エネルギーでは同等程度と推計されています。

    政府の試算をもとに計算してみると…
     では低廉で安定的というのはどうでしょうか。 

     日本でよく使われているのは、2015年に経済産業省の審議会が発表した発電コスト試算です。この試算では、たとえば2014年に発電所を建設して一定期間運転した場合の建設費や燃料費、運転維持費などを、運転期間の総発電量で割ってkWhあたりの単価を算出しています。そこで、同じ方法をつかって、2019年時点の石炭、LNG、原発の単価を計算してみました。すると、確かに2014年時点では、原発が一 番安い電源でしたが、2019年には、天然ガス(LNG)火力が一番安い電源になっていました。 2014年にはLNG価格が高騰していましたがその後値下がり、一方原子力は安全対策工事費などがかさんだ結果です。

     また、政府の2014年時点の試算では原発の建設コストを4,400億円としていましたが、海外では 1 兆円以上になっています。それを反映すると、原発の発電単価はさらに高くなります(図1)。


    図 1 :原発・石炭・LNG の発電単価の推移

     日本では再生可能エネルギー普及のために2012年、再生可能エネルギーで発電した電気を一定期間にわたり固定価格で買い取る制度(FIT制度)が導入されました。当初の買取価格は高額でしたが、みるみる下がり、今では、太陽光では石炭火力とそん色ない水準です(図2)。日本では、まだ再エネの発電コストは原発より高いとされていますが、米国では、この数字は逆転し、太陽光、風力の発電コストが原発よりも安くなっているのです(図3)。 


    図 2 太陽光・風力の FIT 買取価格の推移
    図 3 米国の発電コストの推移

    維持費だけで 10 兆円以上 
     一般に、工業製品は生産量が増えれば、その分、経験を積んで効率化が進み、結果、生産コストが下がっていきます(いわゆる経験効果)。太陽光や風力発電のコストが飛躍的に下がったのはこの経験効果によるものです。しかし原発ではこれが機能していません。世界中で、600基以上の原発が建設されてきましたが、この間、建設コストは上がってきました。これは、原発が持つ特性のためです。建設に数千億円、場合によっては 1 兆円かかることもあるため、そうそう建設することができません。またひとたび事故が発生すれば、きわめて危険なため、安全対策を施す必要がありました。そのたびにコ ストは上がったのです。 

     ところで、福島第一原発事故後、日本の多くの原発が停止したままですが、それでも原発には維持費がかかります。そこで福島第一原発事故後の原発維持費は総額いくらだったのかを電力会社の公表資料から分析してみました。すると、2011~ 19年度の原発維持費は総額15.37兆円だったことがわかりました。そのうち、数社は所有する原発が再稼働しています。そこで、原発が全く動かなかった間の原発維持費だけを抜き出してみると10.44兆円かかっていました。東京電力などの旧一般電気事業者から切り替えていない消費者は、何も生み出さなかった原子力の維持コストを10兆円以上負担させられていたことになります。ちなみに、2011~19年度に全国でかかった原発維持費と全国の原発の発電電力量からこの間の原発の発電単価 を計算すると、53.1円/kWhになります。

    図4 電力各社の原発維持費推移

     10兆円あれば何ができたでしょうか。昨年、新型コロナウィルス対策として全国民に一律10万円の特別定額給付金が配られましたが、これには約 12.9 兆円かかりました。電気代の上昇要因のひとつとして挙げられているFIT制度ですが、電気料金に含まれる FIT 賦課金の2012~2019年度総額は約11兆円でした。

     原発を廃炉にしても、廃炉費用もかかり、維 持費もすべてがなくなるわけではありません。 しかし、長期にわたって何も生み出さない原発に、これほど巨額のコストが投じられている現状はやはり異常です。 

     国や電力会社にとっては、再稼働にこれほどのお金と時間がかかるのは想定外だったのかもしれません。ですが、なぜ国や電力会社の読み 違いに付き合わされなければならないのでしょうか。原発はコスト高な電源です。ほかの電源もあり、資源も限られる中で、あえて過酷事故というリスクをとって選択する電源ではないの です。

    コラム:原発事故の費用と負担~ツケは国民へ 

     福島第一原発事故の廃炉・汚染水処理、賠償、除染、中間貯蔵施設建設などにかかる費用は、2016年12月に発表された政府試算では、21.5兆円となり、それ以前の試算の11兆円から倍増した。このうち、廃炉・汚染水にかかる額が8兆円、賠償が7.9兆円、除染・中間貯蔵施設にかかる 費用が5.6兆円となっている。この試算は、デブリや大量に発生する放射性廃棄物をどのように処理するのかなど決まっていない不確かなものだ。民間の研究機関、日本経済研究センターの試算では、事故処理費用は35~81兆円となっている。 

     原発事故の賠償費用を負担するのは、原子力損害賠償法(以下原賠法)上、原子力事業者、すなわち東電となっている。原賠法では、「原子力事業者は、原子力損害を賠償するための措置を講じていなければ、原子炉の運転等をしてはならない」と定めているが、その額はわずか1,200億円だ。 福島第一原発事故における賠償はこの 100 倍にものぼっているのにもかかわらず、2018 年の原賠法の見直しの際、この額は据え置かれた。 

     政府は、東電の破たんを避けるため、2011年、「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」を設立し、交付国債、政府保証による融資、電力事業者からの負担金などを東電に支払う仕組みをつくった。支援機構を通じて交付された賠償資金のうち、最終的に東電が負担するのは25.5~45.1%に過ぎず、残りは何らかの形で国民負担になる。また、賠償の一部を託送料金として、今後40年にもわたり、国民から徴収できる仕組みも作られた。 

     原発事故の費用を国民が肩代わりするという仕組みを政府がつくることにより、本来責任を負うべき原子力事業者、経営者、株主、銀行が責任を免れるという悪しき前例をつくることとなった。(満田夏花/ FoE Japan)

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