原発事故と甲状腺がん
    〜声をあげはじめた当事者たち

    福島の今とエネルギーの未来

    3・11 甲状腺がん子ども基金代表理事
    崎山比早子

    はじめに

    東電福島原発事故により、甲状腺がんの原因となる放射性ヨウ素を含む放射能雲(プルーム)が東北、関東・甲信越一帯を汚染しました。チェルノブイリ原発事故で放射性ヨウ素により小児甲状線がんが増加することが明らかになっていたため、甲状線がんが心配されていましたが、環境省は福島県のみで継続的な甲状腺検査を行うことに決め、その実務を福島県に委託しました。福島県は原発事故による県民の健康への影響を調べるための「県民健康調査」に甲状腺検査を加え、その企画から調査結果の分析まですべてを福島県立医大(医大)に再委託しました。医大は調査結果を県に設けられた助言機関である県民健康調査検討委員会(検討委員会)に報告し、その結果は一般にも公表されます。

    1.甲状線ホルモンと甲状線がんの原因について

    『Williams Textbook of Endocrinology』に加筆
    図 1 甲状腺とその周辺組織

    甲状腺は甲状腺ホルモンを合成し血液中に分泌する器官です。甲状腺ホルモンは全身の組織の代謝を調節し、正常な成長と骨格の発達に不可欠であり、中枢神経系の発達にも大きな影響を及ぼします。甲状腺は気管の前下方に位置し、左右に蝶が羽を広げたような形をしています(図 1)。一般に甲状線がんは「予後が良い」と言われていますが、放置し増大すると、後ろ側にある気管を圧迫し呼吸困難になりますし、気管の近くにある反回神経の方に広がって神経を傷つけたり(浸潤)圧迫したりすると、声が出なくなったりかすれたりします。腫瘍が両側に広がると手術で全部摘出するので、一生甲状腺ホルモンを飲み続けなければならず、肺などに転移することもあります。

    甲状腺がんは 15 歳以下の子どもには非常に稀で、通常、年間 100 万人に 1 ~ 2 人の罹患率です。20 歳を過ぎると多くなり、女性では男性の 5 ~ 7 倍多く見られます。甲状腺がんの原因としてどの医学書にも第一に挙げられているのは放射線被ばくです。原発事故の場合には空気中や飲料水、食物に付着した放射性ヨウ素が肺や消化管から血液を通して甲状腺に取り込まれることが原因になります。

    2.安定ヨウ素剤の効果的な飲み方

    原発事故の時にヨウ素剤を飲むのはなぜでしょう?甲状腺は甲状腺ホルモンを作るため必須なヨウ素を血液から取り込みます。放射性ヨウ素と非放射性ヨウ素(安定ヨウ素=ヨウ素剤)の化学的性質は同じなので、甲状腺は両者を区別せずに取り込みます。ヨウ素剤を飲んで血中の安定ヨウ素の量をあらかじめ高くしておけば、放射性ヨウ素の取り込みを押さえることができます。ヨウ素剤は飲む時期が重要です。服用のタイミングが被ばくする 24 時間前から被ばくした時点くらいまでであれば、甲状腺の放射性ヨウ素の取り込みを 90%以上押さえることができますが、時間が経つに従ってその効果は減少します。被ばくした 2 時間後、24 時間後ではそれぞれ 80%、7%程度になるといわれています。原発事故の際には先ずヨウ素剤を服用してから避難すべきであり、そのためにはヨウ素剤を近隣住民の家庭に事前配布することが必要です。福島原発事故以前は家庭配布はしませんでしたし、服用指示も住民に伝わらなかったため、ヨウ素剤を服用したのは 1 万人程度にとどまりました。事故後は原発から 5km 圏内では事前配布するよう決められました。しかし、福島では 30km 以上離れた飯舘村民の被ばく線量が一番高かったことから、5km 圏内では十分でないことは明らかです。

    3.福島県における甲状腺検査

    福島県では 2011 年 10 月から事故時 18 才以 下の子どもと胎児、約 38 万人を対象に甲状腺 検査を行っています。検査は 20 歳までは 2 年 ごとに、それ以後は 5 年ごとの節目に行われます。超音波を使った検査なので、乳がん検診のマンモグラフィー等と違って被ばくの心配はありません。甲状腺検査の流れは一次検査でB,C 判定になると二次検査に進み、必要とされれば甲状腺に針をさして組織を採取する穿刺細胞診がおこなわれます。細胞の形態により「悪性ないし悪性疑い」と診断されると、検討委員会及び一般に公開されます。しかし、細胞診で「悪性ないし悪性疑い」と診断されない場合は、通常診療にまわされ経過観察となり、その経過中にがんと診断されても検討委員会に報告されないことが「3・11 甲状腺がん子ども基金」の支援事業から明らかになりました(図 2)。この集計漏れの数は、わかっているだけで少なくとも 30 人以上になります。

    A1; 所見無し A2; 5.0mm以下の結節、20mm以下の嚢胞
    B; 5.1mm以上の結節、20.1mm以上の嚢胞 C; 直ちに2次検査が必要
    図2 正確な罹患者数が把握できない甲状腺検査の流れ 県民健康調査検討委員会より

    検討委員会が 2021 年 10 月までに発表した甲状腺検査結果のまとめを表 1 に示します。これまでに 266 人の悪性ないし悪性疑いが見つかり、222 人が手術を受け、うち 1 人が良性で、 221 人のがんが確定しています。検討委員会は1 巡目、2 巡目で発見された「悪性ないしその疑い」について「甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーの多発」と述べています。

    ここで注目すべきなのは 2 ~ 4 巡目でがんと診断された 138 人中 46 人が、2 年前の判定で「異常なし」(A1)であったことです。この事実はがんの3分の1が 2 年以内に少なくとも 5.1mm は増大したことを意味し、小児甲状腺がんには増殖の早いものが存在することを示しています。また、受診率が回を追う毎に減少しているのも問題です。

    表1 福島県民健康調査甲状腺検査で発見された甲状腺がん
    第43 回検討委員会発表(2021 年10 月15 日)までのデータをもとに作成

    4.集計外がん罹患者を除外したままの被ばくとの相関関係分析―根拠無き過剰診断論

    検討委員会は、前述の集計漏れを無視したまま、被ばく線量との相関関係を分析しました。線量は事故当時の居住地の汚染度から推定されました。図 3A のように汚染の高い所から、避難区域、中通り、浜通り、会津に 4 区分し、罹患者数との相関が調べられました。1 巡目の結果は線量との相関が見られず、検討委員会は「多発は被ばくの影響とは考えにくい」と発表しました。2 巡目の結果では、罹患率は汚染度に従って増加しており相関があることが示されました(図 3A 下のグラフ)。この結果が発表されてから検討委員会は、相関がみられなかった 1 巡目の汚染区域分けを、国連科学委員会 2013 年報告書の線量推定に従って図 3B のように変えました。その上対象者を 6 ~ 14 歳までと 15 歳以上の 2 群に分けて分析し直しました。その結果、罹患率と汚染度との間の相関は失われました。さらに 15 歳以上では線量が高くなるほど発がん率が減少するというこれまでの知見とは逆の結果となりましたが、その説明はありませんでした。検討委員会は図 3A の結果を無視し、図 3B を根拠に多発は放射線の影響とは考えられず、「将来的に臨床診断されたり,死に結びつかないようながんを多数発見している、過剰診断の可能性がある」と発表しました。そして過剰診断の弊害を防ぐためとして学校における甲状腺検査を縮小しようとしています。

    図 3 区域の分け方による罹患率と被ばくの相関関係の消失
    第 35 回検討委員会資料より作成

    検討委員会から発表されたデータに基づき、被ばくと多発に正の相関関係を示した論文も発表されていますが、検討委員会はそれらを無視しています。

    過剰診断論については、県立医大で大部分のがんを手術している鈴木眞一氏が、約 78%にリンパ節転移があり、約 45%が甲状腺外に浸潤しているなどの所見があることを根拠として、これを否定しています。さらに他の甲状線外科医もこの診断は内分泌甲状腺外科学会の診療ガイドラインに適合しており、過剰診断ではないと述べています。

    5.当事者の声

    甲状腺がんの多発に関して検討委員会からこれまで出されている論理は、①被ばく線量は低かった、②従って甲状腺がんの発症はないはずである、③現実にはがんは多数見つかっているが被ばくとの相関関係はない、④それゆえ多発は過剰診断であるので検査は縮小すべき、というものでした。このような見解に対してがんと診断され、治療された当事者はどのように感じているのか、「3・11 甲状腺がん子ども基金」がアンケート調査をおこないました1

    学校での検査の縮小に反対する意見は 90%以上という結果になりました。

    原発事故と甲状腺がんの関連性については 60%が「ある」と認めており、関連性がないと回答した 7%の中には、「診断に際し医師からそう言われた」との答えが目立ちました。「判らない」は 33%でした。

    過剰診断論に対しては記述式回答をお願いしましたが、反発、批判が多くみられました。以下にその一部を紹介します。

    • 仮にそうだとしても、中には放射線の影響でがんになったり死に結びついてしまう人が一人でもいるかもしれません。現に被曝している人がいる以上、過剰診断が起こっていたとしても診断をしていくべきだと思います。(20 代女性)
    • 死に結びつかなくても、病気であることに変わりはない。小さなガンだったとしても、将来悪化したり、死につながる可能性は0ではないと思う。(20 代男性)
    • 確かにその可能性はあると思います。しかし、将来的に悪化するのか、そのまま悪化することなく終わるのかわからない以上は、診断が過剰になっても仕方ないように思います。(20 代女性)
    • 死ななかったらいいのでしょうか?よくガンの中では “軽い方” のようなこと言われますが、ガンといわれた人の気持ちはどのガン症状とも変わらないと思います。(20 代女性)
    • 自分が甲状腺ガンになったとして、このようなこと言われたらどう思いますか?私はこのようなことが言えるのは、甲状腺ガンのことを他人事のように思っているから言えるのだと思う (後略)。(10 代女性)
    • 自分の子供がガンと診断されたらどうしますか?死に至らないからって放置できますか? 10 代で健康な子が原発事故があったからと検査し、ガンと言われ手術。術後は体に管を通され、話すことも食べることも辛い日々。首には傷跡。そんな思いしている人たちに、過剰診断だったなんて言えるの? 怒りでしかないです。(20 代男性の母)

    6.県民健康調査甲状腺検査のメリット―検査を継続すべき理由

    過剰診断論の根拠が示されていない上、当事者からの反発が強いのは当然です。それにもかかわらず、検査を縮小しようとする動きがあります。そこで検査にメリットがあるかどうかみてみました2

    日本の 3 カ所の甲状腺専門病院で治療を受けた 20 歳以下の合計 479 症例と福島の甲状腺検査で発見された県立医大の 180 症例を比較しました。一般的に病院を訪れるのは自覚症状があることが多いので、病状は進行していますが、検診で発見される場合は症状がないものが大部分です。それを反映して 3 病院の方は甲状腺の全摘・亜全摘(副甲状腺のみを残す)が 47%に対し、県立医大は 5 分の 1 以下でした。全摘・亜全摘の場合は、術後一生甲状腺ホルモンを飲み続けなければなりませんので、その数を 5 分の 1 以下に抑えたことは、本人及び社会にとって大きなメリットです。診断時、すでに肺などへの遠隔転移があるケースも県立医大は 3 病院の 1/6 以下でした。このように甲状腺検診は早期発見・早期治療のメリットがあることを示しています。

    終わりに

    検討委員会は福島県における甲状腺がんの多発が事故による被ばくの影響とは考えられないと発表していますが、その前提となっているのは被ばく線量がチェルノブイリ事故と比較して低かったという報告です。チェルノブイリでは 40 万人近くの甲状腺の被ばく線量が計測されましたが、福島県では甲状腺の被ばく線量については専門家も信頼性が乏しいとするわずか 1,080 人の測定値しかありません。あやふやな被ばく線量推定値に基づいて、甲状線がんが増えるはずはないという予測に引っ張られると、現実に目の前で増加している甲状線がんは被ばく以外の原因で増えているという理由付けが必要となります。科学的根拠の無い過剰診断論が横行しているのはまさにそのためです。過剰診断の不利益から若者を守ることを理由に学校での検査を縮小しようとしていますが、甲状線がん子ども基金が行ったアンケート調査では手術を受けた当事者は過剰診断論に対して非常に批判的である上に、90%近くの人が学校での検査の継続を望んでいます。

    原発事故がなければ甲状腺がんの多発がなかったことは明らかです。国会事故調査委員会が結論づけたように、東電福島原発事故は人災なのですから、責任を問われる政府、東電は事実と正面から向き合い、原発事故被害者の救済・支援に努めるべきです。

    追記

    2022 年 1 月 27 日、「事故当時 6 ~ 16 歳男6 人」が原発事故による被ばくで甲状腺がんを発病したとして東電に賠償を求め提訴しました(p.41 参照)。


    1. 『原発事故から 10 年 いま当事者の声を聞く』(https://www.311kikin.org)
    2. 『原発事故から 10 年 いま当事者の声を聞く』(https://www.311kikin.org)
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