処理汚染水の海洋放出

    福島の今とエネルギーの未来

    FoE Japan
    満田夏花

    福島第一原発のサイトで増え続ける ALPS処理汚染水。燃料デブリの冷却水と原子炉建屋およびタービン建屋内に流入した地下水が混ざり合うことで発生した高濃度の汚染水を、多核種除去装置(ALPS)などで処理し、タンクに貯蔵しているものだ。ストロンチウム 90 やヨウ素 129 など、トリチウム以外の放射性物質も残留する。

    2021 年 4 月 13 日、政府は、2023 年春からの海洋放出方針を決定した。放出には 30 年以上かかるものとみられる。東電は、トリチウムが 1500 ベクレル /L 未満となるように、大量の海水で 100 倍以上に希釈し、海底トンネル経由で沿岸から 1km 付近で放出する計画を発表している。

    反対の声は根強い。福島県漁連、全漁連は、放出に対して繰り返し断固反対の意思表明をしている。政府および東電は以前より福島県漁連に対して「関係者の理解なしには処分をしない」という約束をしていたが、これを完全に反故にした。

    放出される放射性物質の総量が不明

    貯蔵されている処理汚染水に含まれるトリチウムの総量は推定約 780 兆ベクレル(2021 年 5 月時点)。これは事故の前年である 2010 年に福島第一原発から海洋に放出されていたトリチウム、約 2.2 兆ベクレルの約 350 倍。また、建屋や炉内に約 1,200 兆ベクレル存在していると推定されている。

    含まれているのはトリチウムだけではない。タンクの水の約 7 割は、トリチウムに加えて ALPS が除去の対象としていた 62 の放射線核種の告示濃度限度比総和 1 が 1 を上回っている(つまり基準を満たしていない)。ヨウ素 129、ルテニウム 106、ストロンチウム 90、炭素 14、カドミウム 113m、セシウム 137、プルトニウムなどが残留している。

    東電は汚染水を海洋放出する場合は二次処理を行い、トリチウム以外の放射線核種の濃度を基準以下にするとしている。

    問題なのは、タンクに残留するこれらの放射性物質の総量が示されていないことだ。二次処理したとしてもどのくらい残留するかわかっていない。全体の水の量が膨大であるので、濃度を下げたとしても放出される放射性物質の量は大きい。

    ALPS を通したはずの水が、トリチウム以外の核種でも基準超えしていることが明らかになったのは、共同通信などメディアが報じたからだ。それまで東電は、トリチウム以外の核種は除去できており、いずれも基準以下になっていると説明してきた。

    「何」を「どのくらい」放出するかという極めて基本的な情報を明らかにしないうちに、海洋放出の結論が出された。

    トリチウムのリスク

    トリチウムは水素の同位体である「三重水素」で、陽子 1 個と中性子 2 個から構成される。半減期約 12 年の放射性物質で、ベータ崩壊をし、ヘリウムに変わる。トリチウムは水の形で存在するため、取り除くことが困難で、原発や核施設から大量に放出されることは避けられない。 トリチウムの健康への影響は、専門家の間で も意見が分かれている。トリチウムが有機化合物を構成する水素と置き換わり、それが細胞に取り込まれた場合、食物連鎖の中で濃縮が生じうること、またトリチウムが DNA を構成する水素と置き換わったときには、近隣の細胞に影響を与えること、トリチウムがヘリウムに壊変したときに DNA の破損などが起こりうることが指摘されている。

    トリチウムの排出濃度基準(告示濃度限度)は 6 万ベクレル /L となっている。ただし、トリチウム単独でこの基準を満たせばよいわけではない。福島第一原発では、施設内に放射線を発する施設がほかにもあること、排水にトリチウム以外の放射性物質も含まれていることから、排水のトリチウムの濃度は 1,500 ベクレル /L と定められた経緯がある。東電の説明のように「基準の 40 分の 1」を意味するわけではない。

    検討されなかった代替案

    技術者や研究者も参加する「原子力市民委員会」は「大型タンク貯留案」、「モルタル固化処分案」を提案している。

    「大型タンク貯留案」は、ドーム型屋根、水封ベント付きの 10 万 m3 の大型タンクを建設する案だ。石油備蓄などに使われており、多くの実績をもつ。

    「モルタル固化処分案」は、アメリカのサバンナリバー核施設の汚染水処分でも用いられた手法で、汚染水をセメントと砂でモルタル化し、半地下の状態で保管するというものである。 十分現実的な内容で実績があるにもかかわら ず、これらが十分検討されたとはいえない。

    敷地は本当に足りないのか?

    経済産業省の小委員会では、委員から「タンクを土捨て場となっている敷地の北側に設置できるのではないか」「福島第一原発の敷地を拡張すればよいのではないか」などといった意見がだされた。しかし、こういった検討は十分なされたとは言い難い。

    東電が現在示している敷地利用計画は、デブリ(溶け落ちた燃料)を取り出すことが前提の計画になっている。しかし、格納容器と一体化した溶融物を完全に取り出すことは極めて困難であり、仮に取り出せたとしても、被ばくのリスクは高まるであろうし、デブリの処分方法も決まっていない。

    「東京で使う電気のために…」

    漁業者や住民の抱いている危機感は強い。原発事故の打撃からようやく立ち直ろうとしてる最中、これ以上、放射性物質を海に流されてしまうことへの拒否感、長期にわたる影響への不安、たびたび反対の声をあげているのにもかかわらず、その声が聞き入れられないことへの怒りと不信だ。「東京で消費する電気をつくるための原発が事故をおこした。汚染水が安全だというのならば、東京で流せばよい」。そういう声もあった。「子どものころから慣れ親しんだ海が、事故で汚染されてしまった。さらにこの先何十年も汚染水が流されることは受け入れ難い」という母親の声もあった。

    放射性物質は、集中管理が原則であり、環境中に拡散させるべきではない。また、代替案やトリチウムの危険性、残留するその他の放射性物質について、公開の場で議論を行うべきである。


    1 それぞれの核種の濃度を、核種ごとに設けられた告示濃度限度で割った値の合計。規制上、1未満にしなければならない。

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