3.11 甲状腺がん裁判から見えてきたこと

    福島の今とエネルギーの未来

    OurPlanet-TV 代表理事 白石草

    2022年1月、福島第一原発事故当時6歳から16歳だった男女6人が、自身が甲状腺がんに罹患したのは原発事故に伴う放射線被ばくによるものだとして、東京電力に損害賠償を求める裁判を東京地裁に提起した。9月には、新たに一人が追加提訴し、現在7人の若者が裁判を戦っている。

    裁判の最大の争点は、放射線被ばくと甲状腺がんの因果関係だ。原告側の弁護団は、病気が通常よりも大幅に増えているのは、原発事故による被ばく影響であると主張。過去の公害裁判などと同様に疫学的なアプローチによって因果関係を認めるべきだとの立場に立つ。

    一方、被告・東京電力側は、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)が2020年に公表した報告書をもとに、原告の被ばく線量は10mSv(ミリシーベルト)以下であり、甲状腺がんを発症させる線量ではないと反論している。また、甲状腺がんが多く見つかっているのは、精度の高い検査による結果であると主張する。

    原告の原因確率 94%以上

    甲状腺がんは、通常100万人に1~2人程度とされる希少ながんだ。放射性ヨウ素などの放射性物質を取り込むことでがんが発症することがわかっており、特に小児は、被ばくが最大のリスク要因とされる。チェルノブイリ原発事故後も、この小児甲状腺がんが多発し、被ばくによる晩発性の病気としては唯一、国際機関が被ばくとの因果関係を認めた。つまり、原発事故が起きると、誰もが最初に心配する健康影響が、子ども甲状腺がんといえる。

    こうした背景もあり、原発事故後、福島県内では、事故当時18歳以下だった38万人を対象に、甲状腺検査が実施されてきた。対象者は2年1回、甲状腺のエコー検査を受け、5ミリ以上の結節病変などが見つかると、精密検査を受ける。さらに、この精密検査で、がんの疑いが濃厚になると、今度は、結節に針を刺して細胞をとり、悪性腫瘍かどうかを判断する「穿刺細胞診」を実施するという仕組みだ。

    現在は5巡目の検査が行われており、この穿刺細胞診で悪性と判断された子どもは、12年間で300人にのぼる。また2017年には、検査の枠組みで公表されている人数から漏れている人の存在が明らかになり、全国がん登録との紐付け作業が行われた結果、2018年までに43人もの人が、公表データ以外で甲状腺がん手術を受けていたことが判明した。

    原告側弁護団は、これら県民健康調査での多発を背景に、11月に開かれた第3回口頭弁論で、原告7人が、放射線被ばくによって甲状腺がんとなった確率(これを「原因確率」という)が、94%以上であるとの専門家意見書を裁判所に提出した。これは、アスベスト被害や四日市公害訴訟など、過去の公害に比べて、はるかに高い確率である。

    また1月に開かれた第4回口頭弁論では、福島市紅葉山のモニタリングポストに残されていた放射性ヨウ素131の時間ごとの大気中濃度データをもとに、甲状腺被ばく線量を推計した専門家の意見書を提出。高濃度の放射性プルームが到来した3月15日一晩だけで、呼吸による放射性ヨウ素131の甲状腺被ばく線量が約60mSvにのぼると主張した。

    原告は、ICRP(国際放射線防護委員会)のLNTモデル(閾値無し直線仮説)に基づき、放射線被ばくによる健康影響に閾値はなく、線量が非常に低くても、病気になる可能性はあるとの立場をとるが、被告が主張する被ばく線量はあまりにも過小評価であり、信頼性が低いと指摘したのである。

    過酷な治療を経験した原告たち

    「友達は大学を卒業し、就職をして安定した生活が送れている。友達をどうしても羨望の眼差しでみてしまう。別に友達を妬んだりはしたくないのに、そういう感情が生まれてしまうのがつらい。」

    この裁判で今、傍聴者を強く惹きつけているのが、原告の意見陳述だ。昨年5月の第1回口頭弁論で法廷に立ったのは、事故当時中学3年生だった女性だ。女性は、県の検査で甲状腺がんが見つかり、高校3年生の夏、甲状腺がんを半分だけ摘出したが、大学入学後に再発が発覚。肺にも転移していることがわかり、1年生の1学期で大学を中退した。以来8年間、治療中心の生活を送っている。

    軽い病気だと見られがちな甲状腺がん。被告側は、福島で見つかった甲状腺がんは、将来、治療のないがんを摘出している「過剰診断」の可能性を指摘する。しかし、原告7人の病状は生やさしいものではない。

    女性は、甲状腺がヨウ素を取り込むという性質を利用して、敢えて高濃度の放射性ヨウ素を服用して甲状腺細胞を内部被ばくさせて、がんを破壊する「アイソトープ治療」も受けた。放射線マークがあちこちにある長い廊下を通り、コンクリートで固められた個室に入ると、鉛の容器に入った薬を内服する。いったん、薬を飲むと、自分の体が放射線源となり、高い放射線を放つため、誰も彼女には近づけない。気持ちが悪くなっても、看護師が自室に来ることはなく、自分で対処しなければならない。これまで家族の前で気丈に振る舞ってきた女性だが、検査でがんが見つかった場面やアイソトープ治療の場面にさしかかると、大きく声を震わせた。

    「もとの身体に戻りたい。そう、どんなに願っても、もう戻ることはできません。この裁判を通じて、甲状腺がん患者に対する補償が実現することを願います。」

    この裁判の原告は、裁判を起こしながらも、自分が被害者であるという意識は希薄だ。あまりに過酷な経験をしているため、心に苦しみを封じ込めたまま、目を背けている。しかし、女性は意見陳述書を作る過程で、自身の心に向き合ううちに、徐々に言葉が湧き上がるようになったという。

    ただ、この裁判で気になるのが、裁判官の訴訟指揮だ。大法廷の使用を避けたり、原告の意見陳述がなかなか認められなかったり、原告側へ対する嫌がらせのような対応が続く。東京地裁には、毎回、多くの傍聴希望者が詰めかけているが、一般傍聴席は毎回25席以下。法廷での白熱の審理を見られる人は少ない。また報道も少ないため、裁判そのものを知る人が少ないのも課題だ。

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