「小型モジュール原子炉」のまやかし

    福島の今とエネルギーの未来

    原子力資料情報室事務局長
    松久保肇

    昨今、 小型モジュール原子炉(Small Modular Reactor、SMR)関連の動きが活発になっています。小型モジュール原子炉とは、おおむね 30 万 kW 以下の出力で、モジュール毎に工場で生産して現地で組み立てる方式の原子炉の総称です。

    その中身は様々です。たとえば、最も先行しているとされるニュースケール社の VOYGERは、現在一般的に使われている原発(軽水炉)と同じタイプの原子炉で、原子炉建屋の中に、出力 7.7 万 kW の原子炉を 4 ~ 12 基設置する形式をとります。カナダのオンタリオ電力公社が導入を決めたアメリカの GE 日立ニュークリア・エナジー(GEH)が開発した BWRX-300も軽水炉タイプの原子炉で、出力は 30 万 kW。ビル・ゲイツが創立したテラパワー社が GEH社と開発した Natrium は、出力 34.5 万 kW の高速炉(高速増殖炉もんじゅと同タイプ)です。ほかにも高温ガス炉や溶融塩炉などがあります。これらの炉は、それぞれ特性も異なり、開発段階も大きく違いますが、小型モジュール原子炉と括られることで、あたかもどれも完成間近であるかのような印象を与えています。

    モジュール工法?

    小型モジュール原子炉を推進する人々は、出力を小さくすることで、内包される熱が減るので、プラント設計を簡素化できるといいます。また、工場で生産して現地で組み立てるので、品質を一定に保つことができ、さらに大量生産できるので、コスト低減につながると主張しています。本当にそうなるのでしょうか。

    数年前を振り返ってみましょう。東芝が 1999 年に買収した米原子力大手ウェスティングハウスの開発した原子炉 AP1000 の売り文句は、「簡素化されたプラント設計」、「モジュール工法」でした。モジュールを工場で製造、現地では組み立てるだけなので、品質も安定し、工期も短く済むというのです。しかし、実際に起きたことは、工期の大幅な遅延、低品質化、コストの大幅な増加でした。

    どうしてこんなことになったのでしょう。複数の要因がありますが、その一つは工場での製造品質が低く、使用に耐えなかったことにあります。ウェスティングハウスが巨額の赤字を抱えて破綻、東芝も破綻の瀬戸際まで追い込まれたのはわずか 5 年前のことです。モジュール工法だから大丈夫だというのは、楽観的過ぎるでしょう。

    また、現代の原発の出力が 170万 kW まで大型化を進めたのは、経済性を追い求めた結果だったことも見逃せない事実です。日本初の商用原発である東海原発の出力は 16.6 万 kW。現代であれば小型原発と称される規模です。

    図 小型モジュール原子炉の例(NuScale 社VOYGER)
    出典:経済産業省の資料より

    市場はあるのか?

    ニュースケール社は、2023 年から 2042 年の間に 674 ~ 1,682 基( 約 3,400 万~ 8,400万 kW)の受注を見込んでいます。しかし小型モジュール原子炉は、筆者調べでは少なくとも 17 ヵ国で 88 種類もの炉型が提案されています。工場で大量生産するには、その生産を受け止められるだけの需要が必要です。それだけの需要は存在するのでしょうか。

    2016 年、東芝および米ウェスティングハウ スは 2030 年度までに 45 基(約 5,000 万 kW) 以上を受注する計画を立てました。実際には 8 基止まりで、内 2 基はコストが高すぎて建設 中止に追い込まれました。日立は 2017 年、英国で当時計画中だった原発建設プロジェクトの経験を踏まえて、米・メキシコ・ポーランド・ UAE・サウジアラビア・インド・マレーシア、そして日本で新規建設を推進する計画を立てていました。しかし、英国での計画すら 3,000 億円の損失を計上して撤退に追い込まれました。三菱重工はトルコ・ベトナムへの輸出計画がとん挫しました。フランスの原子力大手アレバは建設中の原発の建設遅延などから巨額損失を抱え、政府の支援の下、グループ再編の憂き目にあいました。この状況をみる限り、原発の市場は縮小している上、個別事業も高いリスクを抱えており、不安定なのが現実です。

    現在、導入の話が出ている小型モジュール原子炉はすべて、国からの補助金なくして成り立たないのです。イノベーションの死の谷(基礎研究と実用化の間のギャップ)を越えるためとされていますが、本当に次のステップに移れるのでしょうか。原子力の歴史を振り返れば、巨額の研究開発費を投じながら商業利用にたどり着かなかった原子炉は数多くあります。日本でも高速増殖原型炉「もんじゅ」に 1 兆円を投じながら、それをあきらめたのは 2016 年のことです。新型転換炉も原型炉「ふげん」を作りながら、結局商業利用されませんでした。

    積極的に原発輸出を進めるロシアの国有企業ロスアトムは、輸出先にロシア政府の低利融資などをつけています。原発単体では利益にならないのですが、長期的な燃料供給契約、国内の原子力・核技術者の維持、地政学的な影響力確保といった理由で原発輸出を推進しています。日本やフランスも同様に技術者や地政学的影響力の確保といった観点もあって輸出に乗り出しました。これらが示すことは、原発は商業的な観点からは成り立たないという現実です。

    タイムフレーム

    「気候危機対策に、小型モジュール炉を」との声もあります。世界の気温上昇を 1.5℃までに抑えるためには、2030 年までに 2010 年比 CO2 排出量 45%削減、さらに 2050 年には実質ゼロにする必要があるとされています。一方、小型モジュール原子炉はニュースケール社の VOYGR 炉が 2029 年に初号機稼働、他の原子炉については 2028 年頃に初号機稼働という計画が示されています。しかも、これらはすべてが理想的に進んだ場合のスケジュールです。 2030 年時点で、小型モジュール原子炉が気候危機対策に役立つことは不可能です。

    では 2050 年時点ではどうでしょう。現在稼 働中の原発は 439 基。2016 ~ 2020 年に廃炉になった原発の平均稼働年数は 42.6 年でした。 2050 年までに稼働年数が 42 年を超える炉は 439 基中 362 基に上り(2030 年だと 265 基)、数多くの原発が廃炉になります。建て替え需要どころか、原子力が減った分を再生可能エネルギーでどのように補うかが、これからの課題となるでしょう。

    チェルノブイリ原発事故はソ連崩壊のきっかけになったともいわれています。東電福島第一原発事故は事故の進展によっては、首都圏数千万人が避難を強いられていました。原発は一私企業どころか一国の許容範囲も超えています。迫りくる気候変動という危機に対して、原発に無駄に費やしているお金も時間もありません。

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