甲状腺がんの多発

福島の今とエネルギーの未来

 福島県では、県民健康調査の一環として、事故当時18歳以下だった人たちに対して定期的に甲状腺検査を行っているが、このうち甲状腺がんまたは疑いと診断された人の数は252人、うち手術してがんと確定したのは202人にのぼる(2021年1月15日までの福島県発表資料)。このほかに、福島県立医科大学では少なくとも19人が手術・治療を受けている(2020年2月現在)。これは、県民健康調査で経過観察が必要だとされた人が、その後甲状腺がんと診断された場合、県民健康調査の合計数には含まれていないためだ。また、県民健康調査の甲状腺検査を受けた人で、甲状腺のしこり等(結節性病変)がある患者向けのサポート事業の対象者は257人(2018年12月時点)と発表されているが、その詳細はよくわかっていない。

 いずれにせよ、発表されている数から漏れている患者が少なからずいる。また、手術所見についても断片的にしか明らかにされていないが、リンパ節転移、甲状腺外浸潤が生じている患者が多く、遠隔転移している患者もいる。

事故当時5歳以下も甲状腺がんと診断

 福島県県民健康調査検討委員会では、一巡目の結果について「罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い」とする一方で、「事故の影響は考えづらい」とした。理由としては、①チェルノブイリ原発事故と比べて、被ばく量が少ないこと、②事故当時5歳以下からの発見はないこと、③地域の発見率に大きな差がないことを挙げている。

 このうち、②については、その後、実は事故当時5歳以下の子どもも甲状腺がんと診断されていたことが判明(事故時5歳児および4歳児)。2021年1月には事故当時0歳および2歳の女の子が甲状腺がんと診断されたことが発表された。③については、後述のように二巡目では、地域間の差が生じていた。①についても、放射性ヨウ素による内部被ばくの測定は行われていないため、比較はできない。

 二巡目を対象とした取りまとめでは、以下の見解を示した。
・地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推計される有病率に比べて、依然として数十倍高い。
・地域別の悪性ないし悪性疑いの発見率について、性、年齢等を考慮せずに単純に比較した場合に、避難区域等13市町村、中通り、浜通り、会津地方の順に高かった。
・原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)で公表された推計甲状腺吸収線量を用いた結果、線量と甲状腺がん発見率に明らかな関連はみられなかった。

 データ分析手法に詳しい慶應義塾大学商学部の濱岡豊教授は、「性別については、地域間で差は無いため、調整しても結果は変わらない。年齢については、避難区域等13市町村が検査時期は最も早いため、検査時年齢は若くなる。年齢で調整を行えば、より地域差は大きくなるだろう」とし、地域間分析における差を、「性、年齢等の違いによるもの」とすることを誤りとしている。また、UNSCEAR線量を用いた分析手法についても、「分析対象を分割することにより、検定力の低下を生じさせている」と指摘する。 また、男性:女性は1:1~2で、通常の甲状腺がん(男:女=1:7~8)と比較したとき、男性の割合が高くなっている1こと、甲状腺がんと診断された人たちの外部被ばく線量が比較的高いことなど、事故との関係を疑わせる要因もある。

対象者数・受診者数甲状腺がん
または
疑い
手術後
確定
1巡目検査(2011~2013)対象:367,649人 受診者300,473人(受診率81.7%)116101
2巡目検査(2014~2015)対象:381,244人 受診者270,540人(受診率71.0%)7154
3巡目検査(2016~2017)対象:336,670人 受診者:217,921人(受診率64.7%)3127
4巡目検査(2018~)対象:294,240人受診者:181,005人(受診率:61.5%)2716
25歳節目検診対象:66,637人受診者:5,578人(受診率:8.4%)74
合計252202
甲状腺がんの人たちの数(福島県内、事故当時18歳以下) 
出典:2021年1月15日までの福島県発表資料を元に作成

リンパ節転移、甲状腺外浸潤、再発も

 当初は、甲状腺がんが多く見出されているのは、「スクリーニング効果」2によるものとされてきた。しかし、一巡目の数十倍の多発はスクリーニング効果だけでは説明ができない上、わずか2年後に実施された二巡目検査で71人もの甲状腺がん・疑いが見出されたことも説明がつかない。

 一部の専門家たちは「過剰診断論」を唱えている。「過剰診断」とは「生命予後を脅かしたり症状をもたらしたりしないようながんの診断」をさす。しかし、実際には、福島県立医大は、微小ながんやリスクが低いがんは経過観察にまわしている。執刀にあたった福島県立医科大学の鈴木眞一教授は、180例の甲状腺がんについて、72%がリンパ節転移、47%でまわりの組織への広がり(浸潤)が見られたとして、いずれも手術が必要な症例であったとする3。なお、鈴木教授によれば、6%で再発が生じ、再手術している。

民間による支援

 「3・11甲状腺がん子ども基金」(代表:崎山比早子氏)は、2016年12月から、東日本の1都15県に在住し、事故当時18歳以下で事故後甲状腺がんを発症した患者たちへの療養費給付事業を始めた。2020年10月末までに170人(福島県内110人、県外60人)に療養費を給付した。県外では大規模な甲状腺検査は行われていないため、がんが進行した段階で見つかっている例が多いという。同基金の崎山代表は、「一部の委員から学校での検査をやめるべきという意見が出されたが、基金が行ったアンケート結果をみても、当事者はむしろ検査の拡大・充実を望んでいる。検診は早期発見・早期治療が成功しているとみるべきだ」とコメントしている。

注釈1:野口病院、伊藤病院、隈病院における若年性の甲状腺がんの性差は、男性:女性が1:7.7。2020年3月2日福島県立医大による国際シンポジウム、神奈川県予防医学協会吉田明氏発表資料より。なお、チェルノブイリ原発事故後の甲状腺がんも、通常の甲状腺がんに比して、男性の割合が高かった。
注釈2:一斉に検査を行うことにより、潜在的に持っている病気が発見されるため、自覚症状があってから診察をうけて病気と診断されるよりも多く病気がみつかる効果。
注釈3:2020年2月3日開催「第2回放射線医学県民健康管理センター国際シンポジウム」

(『福島の今とエネルギーの未来2021』)


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