東北大学教授 明日香壽川
二酸化炭素(CO2)排出が少ない発電技術はたくさんある。その中で、原発は極めて非合理的な選択肢だ。なぜならば、今、再生可能エネルギー(再エネ)の発電コストが急激に安くなっており、原発と再エネの発電コストの差は数倍もあるからだ。すなわち、同じ金額を再エネや省エネにかけた場合と比べて、原発新設によるCO2排出削減量は数分の1で、かつそれが実現されるのは十数年後だ。
原発の再稼働や運転延長の際の主なコストである運転コストも再エネの新設コストに比べて高くなりつつある。例えば、世界中の投資家が参照する米Lazard社による世界の発電コスト比較の最新版(2021年10月)では、再エネ(太陽光および風力)の初期投資を含めた均等化発電コスト1(総発電コスト)と原発の限界発電コスト2は、同じ程度か、あるいは再エネの総発電コストの方が安くなっている(図1参照)。また、2020年10月の国際エネルギー機関(IEA)のデータによると太陽光発電新設の温室効果ガス排出削減コスト(USドル/トンCO2)は、「原発運転延長」の約6分の1としている(図2参照)。
さらに、原発の場合は、事故リスク、核拡散リスク、攻撃対象となるリスク、放射性廃棄物の管理など固有のリスクや問題がある。
すなわち、原発は気候変動対策としては、「高すぎて、排出削減効果が少なすぎて、遅すぎて、危険すぎて、不確実すぎる」というのが多くの専門家の評価であり、限られた資金を原発に投資するというのは、実質的に気候変動対策を遅らせることになる。すなわち、合理性という意味で明らかに間違った選択だと言える。
それでも原発を選択しようとしている国には別の目的がある。それらは、1)大手電力会社の経営資産である原発や火力発電などの大規模発電所の維持、2)1~2兆円が必要とされる建設時に発生する利権、3)原発推進による核兵器転用技術ポテンシャルの維持、核兵器産業保護、原子力潜水艦の開発、などだ。3番目に関しては米国、フランス、英国などの核保有国では「常識」であり、例えば2020年12月8日に、マクロン仏大統領は仏東部にある原子炉メーカー・フラマトムの工場での「原子力の未来」と題したスピーチで、「原発なくして核兵器産業なし、核兵器産業なくして原発なし 」と話した。
原発には、ロシアの影もある。現在、世界で原発を建設しているのは主に中国とロシアの原発関連産業だ。稼働中の原発も、ウラン燃料は、ロシアとロシアの同盟国と言えるカザフスタンに大きく依存している。このことは、日本でも話題になったEUタクソノミー3にも影響している。
2022年5月、グリーンピース・フランスは、EUタクソノミーによってロシアが得る利益を、1)天然ガスでは年間40億ユーロの追加収入(2030年までに合計320億ユーロ)、2)原発ではロシア国営原子力会社ロスアトムの5,000億ユーロの売り上げ増加、と推定した。
そのため侵略されたウクライナの活動家や政治家は、「EUタクソノミーはプーチンへの贈り物になる」として欧州議会メンバーに拒否を要請していた。
周知のように、現在、ロシアとウクライナで戦争が勃発しており、原発が攻撃対象となるリスクも増大した今、「EUタクソノミーは死んだ」と言うEU関係者は少なくない。
今、日本政府は、経産省主導のGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議において、国会での議論や熟議型世論調査などで国民の意見を事前に聞くこともなく、拙速に原発回帰・火力温存策をすすめ、それに巨額な公的資金をつぎ込もうとしている。すなわち、国民全体から見れば極めて経済的に不合理な政策を進めようとしている。
福島第一原発事故では、さまざまな偶然が重なって東日本に住む約3千万人が全員避難するような状況は免れた。しかし、人は往々にして歴史や経験からは学ばず、非合理的な選択をする。しかし、今回だけは、日本にとって何が合理的な選択かを十分に考えるべきだ。
1 発電の建設、運転、廃棄などライフサイクルすべてのコストの総合計を発電電力量の総合計で除したもの
2 追加的に1kWh の電力を発電するコスト。運転コストとほぼ同じか、あるいは小さい
3 気候変動対策などに資する事業や技術を分類し投資を促進する目的で作られたが、気候変動対策に資する技術として原発と天然ガスが含まれたことから大きな議論となった。