原発避難計画の問題点(2021年版)

福島の今とエネルギーの未来

 2012年9月に、原子力安全保安院と原子力安全委員会が廃止され、新たな規制組織として原子力規制委員会が発足した。規制委員会は、原子力防災の基礎となる原子力災害対策指針(以下、指針)の策定を急速に進めた。

 旧防災指針の中で原子力発電所の半径約8~10kmとされていた防災対策の重点対策の目安(EPZ)は廃止され、代わりにPAZ(5km圏)、UPZ(30km圏)の概念が採用された。UPZに含まれる原発30km圏内の自治体は、指針に基づき、広域避難計画を含む原子力防災計画を策定することになった。

図1PAZとUPZ

 しかし残念ながら、原子力災害対策指針もそれに基づき策定されている各地の避難計画も、福島第一原発事故における教訓を踏まえたものでもなく、住民を被ばくから守るものにもなっていない。

実効性を担保できない

 避難計画は、原発が冷却機能を失い、放射性物質がもれだすような重大な事故の際、住民を守る最後の砦となるはずのものだ。それにもかかわらず、実効性ある避難計画が、原発の運転の際の法律上の要件となっておらず、また第三者がその実効性を審査するような仕組みがない。本来であれば、事業者が再稼働のための原子炉設置変更許可を申請する際、原子力規制委員会が審査する対象に避難計画も含まれるべきであろう。

 現状は、原子力規制委員会は、指針をつくるだけであり、実際に避難計画をつくる作業は30km圏内の自治体に丸投げ状態である。結果として、後述する原子力災害対策指針の矛盾や非現実性のしわよせは自治体に行き、自治体としては、なんとか辻褄合わせの避難計画をつくらざるをえない状況となっている。

複合災害に対応できない

 現在の指針や避難計画では、地震・津波・台風、大雪などの自然災害と原子力災害とが同時に生じる「複合災害」に対応できない。

 わかりやすいのが、屋内退避に過度に依存した内容となっている点だ。5km圏外においては空間線量率が相当高くならないうちは屋内退避ということになっている。また、5km圏内であっても避難により健康リスクが高まる要援護者については屋内退避することになっている。しかし、地震により家屋が倒壊するケース、もしくは繰り返し襲う余震で屋内退避が危険なケース、津波・台風・浸水などにおそわれ、そもそも屋内退避ができないケースなども容易に想像がつく。さらに避難経路が海岸沿いにある、船で逃げる計画となっているものもあるが、悪天候で使えなくなる可能性も考えうる。

避難計画策定の範囲

 避難計画を策定しなければならないとされているのは、原発30km圏内の自治体だ。しかし、この範囲設定は妥当だろうか。たとえば、福島第一原発事故において、全村避難となった飯舘村は、もっとも原発から離れた場所で45km程度。50km以上離れた福島市においても、1週間以内に避難とされている毎時20マイクロシーベルトを上回る空間線量率を観測している。このことは30km圏外であっても、避難はありうることを示している。

 福島第一原発事故後のプルーム(放射性物質を含んだ大気の塊)の流れは風向きや地形によって変化し、東日本の広い範囲に影響を与えている。放射性物質の影響は「距離」だけではなく、原発事故の規模や風向き、地形に強く依存する。それにもかかわらず、30km圏で線引きをしてしまっているのは、大きな問題だ。

 原子力災害対策指針が策定された当初は、プルーム通過時の防護措置を講じる区域(PPA)について、今後検討するということになっていたが、いつの間にか立ち消えになってしまった。

高すぎる避難の基準

 原発事故が進展し、「全交流電源の喪失」「非常用炉心冷却装置による注水不能」といった状況に至った場合でも、避難するのはPAZ(5km圏内)の住民のみで、UPZ(5~30km)の住民は基本的に屋内退避となる。UPZの住民が避難するのは、毎時500マイクロシーベルト(OIL1)以上になった場合(即時避難)、もしくは毎時20マイクロシーベルト(OIL2)以上になった状態が続いた場合(一週間以内に一時移転)である。

 しかし、これらの基準は高すぎる。OIL1については2時間で、平常時の公衆の被ばく限度とされている年1ミリシーベルトに達してしまうという高いレベルの基準である。

 福島第一原発事故の際は、事故の翌日の3月12日の夕方には20km圏内には避難指示が出されていた。もし、このOIL1、OIL2が当時適用されていたら、迅速な避難指示は出されなかっただろう。

 ぐんぐんと線量が上昇しているような状況下で、住民に屋内退避をさせ、高い線量になってから避難をさせるというのは、住民を被ばくから守るという観点からは決して適切ではないだろう。

安定ヨウ素剤の配布・服用をめぐる問題

 原発事故によって放出される放射性ヨウ素は、吸い込みなどにより体内に吸収されると甲状腺に集まり、甲状腺がんなどを引き起こす。これを防護するには、安定ヨウ素剤の服用が効果的である。重要なのは服用のタイミングであるが、原子力規制委員会のマニュアルでは、被ばく前24時間から被ばく後2時間までの間に服用することにより、放射性ヨウ素の甲状腺への集積の90%以上を抑制することができるとしている1

 しかし、現在、安定ヨウ素剤はPAZ(5km圏内)では事前配布されるものの、UPZでは避難経路に近接した公共施設に備蓄し、避難の途中で自治体職員などが住民に配布し、原子力規制委員会の服用指示のもとに服用が行われることとなっている。

 前述のようにUPZの住民は、毎時500マイクロシーベルト以上のときに即時避難などとされ、かなりの高線量の中を避難することとなる。「被ばく前の服用」は不可能であるし、避難の混乱の中で、住民が確実に受け取れるのか、その際、必要な確認や説明が行えるのかどうかは疑わしい。

 また、安定ヨウ素剤を配布する年齢についても議論がある。福島第一原発事故以前は40歳以上の者の効果は薄いとして配布は必要なしとされていた。しかし、原子力安全委員会被ばく医療分科会において、広島・長崎、チェルノブイリでは40歳以上であっても甲状腺がん発症リスクが有意に上昇する研究があることが報告され2、この「40歳制限」はいったん外された。2019年7月のマニュアル改訂の際、当初草案では「40歳以上の者は安定ヨウ素剤を服用する必要性はない」と記載された。しかし、根拠として引用されていた文献の表現が変えられていたことなどに関して、市民団体が指摘3。パブリック・コメントを経て、マニュアルの最終的な改定では、「40歳以上の者は安定ヨウ素剤を服用する必要性は低い」という記載に変更された。

屋内退避では内部被ばくを防げない

 政府は「屋内退避が安全への第1歩」とし、避難よりも屋内退避に力を入れ、被ばくを防げると宣伝している。

 しかし、内閣府原子力防災担当と原子力機構が2021年3月に発表した屋内退避についての試算4では、通常の家屋の屋内退避では内部被ばくを防ぐことができないことを示唆している。この試算では、「屋内退避による被ばく線量の低減効果を評価した結果、「陽圧化」した鉄筋コンクリート造建屋に屋内退避することによって、9割以上低減できる」としている。陽圧化とは、フィルタを設置した吸入装置を使って建屋の内部に空気を送り込み、建屋内の圧力を高めて放射性物質の侵入を低減するもの。1施設で2億円かかるといわれている。

 しかし、屋外滞在時の内部被ばく線量を1とした場合、陽圧化の工事を行わない通常の家屋では、気密性が高い家屋であっても、約3割減の0.67にとどまる。すなわち、屋内退避では、3割程度しか低減効果がないということになる。

茨城県や水戸市に要望書を提出~東海第二原発の広域避難計画めぐり

 FoEJapanでは、2020年10月および11月、茨城県の市民グループ「原子力防災を考える会@茨城」や「原子力規制を監視する市民の会」とともに、東海第二原発の広域避難計画をめぐり、茨城県や水戸市に対して要望書を提出し、意見交換を行いました。

 要望書では、感染症が流行する状況での広域避難を可能にするには、検査所や避難所、避難車両などで密集を避けるための追加的な措置が必要だと指摘。こうした観点で計画を見直し、実効性が確認されるまでは、再稼働に向けた議論をしないことを求めました。

 茨城県の担当者は、現在の避難計画が感染症に対応していないことを認め、今後、必要な見直しを進めた上で、市民の意見をしっかりときいていきたいとしました。

 水戸市では、高橋市長が要望書を受け取り、「コロナ禍で新たな課題が出ている」とした上で、「市民から避難計画にマルをもらえなければ、私としては再稼働を認めるわけにはいかない」との認識を示しました。

水戸市の高橋市長に要望書を手渡す「原子力防災を考える会@茨城」の美沢道子代表

注釈1:原子力規制委員会(2019年7月3日改正)「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって」
注釈2:広島大学原爆放射線医科学研究所細井義夫(2011年1月12日)「被ばく時年齢が40歳以上の場合の甲状腺癌のリスクについて」原子力安全委員会被ばく医療分科会
注釈3:WHO2017年ガイドラインでは「小児、青年、妊娠・授乳中の婦人は安定ヨウ素剤の投与が有益である可能性が最も高いが、40歳以上の人ではその有益性は低くなる可能性がある」と記載されていたのにもかかわらず、「40歳以上の者への安定ヨウ素剤の服用効果はほとんど期待できない」と誤って引用されていた。避難計画を案ずる関西連絡会、原子力規制を監視する市民の会などの市民団体が指摘。
注釈4:原子力規制庁放射線防護企画課(2020年3月)「原子力災害発生時の防護措置―放射線防護対策が講じられた施設等への屋内退避―について[暫定版]」

(『福島の今とエネルギーの未来2021』)

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