国際環境NGO FoE Japan 満田夏花
2023年2月10日、原発の再稼働、原発の運転期間の延長、次世代革新炉による原発の新増設や建て替えなどを含む「GX実現に向けた基本方針案」(以下GX基本方針)およびGX推進法が閣議決定された。2022年7月下旬、岸田首相がGX実行会議にて、関係省庁に原発推進の政策の検討を指示。それからわずか5カ月後の12月22日、GX基本方針案が了承され、1カ月のパブリック・コメント(一般からの意見の公募、以下パブコメ)にかけられた。いままでのエネルギー基本計画で「原子力依存度は可能な限り低減」とされてきたことを覆し、原発回帰に大きく舵を切った形だ。
利益は原子力産業へ、コストとリスクは国民全体へ
このように、原発推進政策が一気に推し進められたのは、ウクライナ危機による世界的なエネルギー資源のひっ迫、円安もあいまって生じた電力価格の高騰など、人々の危機感に乗じた一種のショックドクトリンだろう。
GX基本方針では、「ロシアによるウクライナ侵略が発生し、世界のエネルギー情勢は一変した」とし、エネルギー価格の上昇、電力需給ひっ迫などについて言及し、電力の安定供給のために原発を活用していくとしている。また、新たに「GX経済移行債」を創設し、20兆円規模の先行投資支援を行うとする。その一部は次世代革新炉の開発にも使われる。
しかし、原発は「エネルギー安全保障」にも「電力安定供給」にも資するわけではない。燃料となるウランは、海外に依存しており、国際情勢によって左右される。原発がテロや戦争のターゲットになる可能性は従来から指摘されてきたが、ウクライナにおいて原発施設が攻撃された
ことにより、その懸念が現実のものとなった。原発は一基あたりの出力が大きい電源だが、止めたり動かしたりしすることが簡単にはできず、出力調整が難しい。またトラブルが多く、計画外に止まれば、需給ひっ迫リスクを高める。また、世界的にみても、原発の発電コストは増加をつづけている。原発の建設費はすでに1兆円を超え、今や原発は最も高い電源だ。日本でも、再稼働のための安全対策費、維持費、廃炉のための費用がふくれあがっている。東京電力は柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働のための安全対策費に1兆円以上も費やしている。
経済合理性がなく、投資リスクも高い原発は、このままでは、衰退していくしかないだろう。GX基本方針は、苦境に立つ原子力産業に、国税をはじめとした公的リソースを投じ、延命させるものにほかならない。そのコストやリスクは次世代も含めた国民全体が負うことになる。
パブコメの 3,966 件の重み
2022年12月下旬から1月にかけて、GX基本方針など、原発に関する4つの政策文書が、同時並行的にパブコメにかけられた。期間はたったの1カ月。
FoEJapanでは、年明け1月4日から22日まで、計15回、オンラインでの連続パブコメセミナーを開催した。セミナーでは、GX基本方針の背景と原発との関係、ポイントを解説し、パブコメの提出を呼びかけた。反響は大きかった。回を追うごとに参加者が増え、参加人数はのべ1,200人以上に達した。
パブコメの取りまとめや政府からの回答が発表されたのは2月10日の閣議決定の朝。パブ
コメ総数は3,966件。その多くが原発推進政策に反対する内容であった。しかし、これらは、ほとんど方針に反映されなかった。
「運転期間」の延長に異議あり!
2022年10月5日、原子力規制委員会(以下、規制委)の山中委員長は、原発の運転期間は「利用」政策であるとし、「規制委が意見を言うことではない」とした。これは、「原則40年、1回に限り20年延長」と運転期間上限を定めた原子炉等規制法(以下、炉規法)の規定を削除することを容認したことを意味する。その上で、原発運転期間延長を前提とした規制制度案を策定し、パブコメにかけた。寄せられた意見2,016件の大半は、運転期間の延長に反対する内容だった。
2月8日、規制委の定例会合で、規制制度案が了承されようとしたとき、委員の一人が反対意見を述べた。結局この日決まるはずだった規制制度案は持ち越しとなった。
反対意見を述べたのは石渡明委員。地質の専門家である同氏は、「今回の変更(炉規法からの運転期間の削除)は新たな知見などに基づくものではない。安全規制の後退だ」とし、「(今回の新制度では)審査が長引くほど、その分だけ運転期間が延び、老朽化した原発が動くことになる」などと述べた。
9日には、FoE Japanを含む複数の市民団体が経済産業省および規制委に運転期間延長に反対する要請書と署名75,214筆を提出した。全国22の市民団体が呼びかけた。
「規制」が自ら「利用」にすりよる
2012年、福島第一原発事故の教訓を踏まえ、原発の利用と規制の分離や安全規制の強化が議論された。それまで明確な規定がなかった原発の運転期間の上限について、「原則40年、1回に限り、原子力規制委員会が認める場合は20年延長できる」とした炉規法の改正が与野党合意のもとに成立した。当時の担当大臣(環境大臣)の細野豪志氏は、「作動するそのそれぞれの機器の耐用年数を考慮にした中で40年という数字を導き出した」「電気製品をとっても、車を見ても、40年前の技術で今そのまま通用するものはほとんどない」と説明。「40年の運転制限制度というのは必要である」とした。こうした経緯をみれば、「40年運転制限」は安全規制の一環として導入されたことは明らかだ。にもかかわらず、「利用政策」とされ、炉規法から削除されようとしている。
原発推進の「束ね法案」が一挙に国会に
前述のように2月10日には「GX推進法案」が、2月28日には、「GX脱炭素電源法案」が閣議決定された。後者は原子力基本法、原子炉等規制法、電気事業法、再処理法、再エネ特措法の改正案5つを束ねたもので、運転期間の規制緩和ばかりか、原子力基本法に詳細に「国の責務」を書き込み、原子力産業を手厚く保護する内容だ。
先行して国会で審議入りしたのは「GX推進法案」だが、議論が深まらないまま、3月30日、衆議院で可決。同日、「GX脱炭素電源法案」が審議入りした。
この2つの法案は、複雑で論点も多く、一挙に審議することは問題が多い(囲み参照)。現在の国会の与野党の議席数を考えれば、今国会にて可決成立する可能性は高い。
阻止できるのは世論の高まりしかないだろう。私たちの「市民力」が問われている。
GX 推進法案の問題点
(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案)
現在、以下の2つのGX関連法案が、今国会(2023年初頭の第211回)で審議されている。①GX推進法案②GX脱炭素電源法案(原子力基本法、原子炉等規制法、電気事業法、再処理法、再エネ特措法の改正案5つを束ねたもの)このうち、①のGX推進法案についての問題点をまとめた。
1.原子力産業を官民資金で支援
政府がすでに閣議決定しているGX基本方針の中には、原発の着実な再稼働やそのための理解醸成に国が前面に立つこと、次世代革新炉の開発・開発建設、人材育成、事業環境整備、核燃料サイクルの促進などが含まれる。「GX推進法案」はこのGX基本方針を実現するための法案となっている。「GX脱炭素電源法案」とあいまって、長期にわたって原子力産業を国が支援し続けることになる。
2.経済産業省への白紙委任
第6条で、「政府はGX推進戦略を定めなければならない」としており、これに基づき進められる。GX推進戦略は経済産業省が案を作成し、閣議決定する。20兆円規模の「GX経済移行債」の発行、「GX推進機構」による金融支援や債務保証などにより、150兆円規模の官民のGX投資を生み出すとしている。資金の行先は、「GX推進戦略」に基づくため、事実上、経済産業省が巨額の官民の資金の行き先を決める。「GX推進機構」は経済産業大臣の認可法人であり、業務計画、財務・会計などは、「経済産業省令」によって定められる。
3.脱炭素基準、環境・人権配慮基準の不在
GX投資に関して、温室効果ガスの削減効果、環境人権配慮の基準がない1。化石燃料由来の水素・アンモニア利用も支援する内容であり、結果的に温室効果ガスの排出量は削減されない。1.5℃目標、グラスゴー合意、G7コミュニケとの整合性がない。
4.将来世代を含めた国民が負担し、排出者を利する
大量のGHG排出を行っている大手電力などを支援する内容となっている。財源は、国債発行(GX経済移行債)などで賄われるが、将来的に炭素賦課金などで回収する。最終的には電力消費者、すなわち国民が広く負担する内容となりかねない。
5.資金の流れが不透明
「GX経済移行債」による資金の使途が経産省への白紙委任になっている。また、「GX推進機構」がブラックボックス化し、国会によるコントロール、監視、検証ができない。
1 たとえばEUタクソノミーでは、エネルギー分野においては、太陽光・風力については閾値なし、水力・地熱に関してはライフサイクルにわたるGHG排出量が、1kWhあたり100g未満、運輸においては直接CO2排出がゼロ(トランジショナルな活動については1kmあたり直接CO2排出が2025年までは50g未満)などと、具体的に定められている。また、気候変動の緩和・適応、水と海洋資源、循環型経済、環境汚染の防止と抑制、生物多様性といった環境分野の一つもしくは複数に貢献し、いずれに対しても著しい害を及ぼさないこと、ビジネスと人権に関する指導原則など「最低限のセーフガード」を満たしていることなどとされている。
GX 脱炭素電源法案の問題点
(脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案)
政府は、原子力基本法、原子炉等規制法、電気事業法、再処理法、再エネ特措法の改正案5つを束ね、一気に国会審議を進めようとしている。経済産業省が主導し、不透明な形で改正案を策定したことも問題視される。
1.原子力基本法:「国の責務」を詳細に書き込み、原子力産業を手厚く支援
電気の安定供給の確保、脱炭素社会の実現などのために原子力を活用することを、国の責務とし(第二条の二)、原発立地地域の住民や国民の理解の促進、地域振興などを推進することを盛り込む。また、第二条の三に、原子力にかかる人材の育成、産業基盤の維持・強化などを盛り込む。
本来、原子力事業者が自らの責任で実施すべき内容を、国が肩代わりすることになる。結果的に原子力事業者を手厚く保護する内容となり、モラルハザードを生む。
2.運転期間の許認可を規制委から経産省へ
現在、老朽化した原発の安全確保のために、原子力規制委員会が所管する原子炉等規制法には2つの仕組みが盛り込まれている。1つ目は原発の運転期間を原則40年とするルール。原子力規制委員会の審査を
合格した場合、1回に限り20年延長できる。2つ目は、30年を超えた原発について10年ごとに審査を行うルール(高経年化対策制度)。
この1つ目の運転期間の延長認可に関するルールを、「原子炉等規制法」から削除し、経済産業省が所管する「電気事業法」
規制する立場の原子力規制委員会ではなく、原子力を利用する立場から、経済産業省が、原発の運転期間延長に関する認可を行うことになる。
3.60 年超運転も可能に
電気事業法に盛り込む運転期間に関する規定で、東日本大震災発生後の新規制基準制定による審査期間、裁判所による仮処分命令、その他事業者が予見しがたい事由によって生じた運転停止期間などを運転期間から除外できるようにする。これにより、運転期間は今まで最長60年とされていたものが、60年を超えて運転できるようになる。
政府は、原子炉等規制法に30年を超える原発の劣化評価を規定することにより、規制は強化されるとしている。従来から30年超の原発に対する10年ごとの劣化評価は、高経年化技術評価として行われてきた。今回、これを法律に格上げすることになるが、基本的には、従来の制度の延長線上であり、新しい制度というわけではない。
今回の改定は、原子力規制委員会の権限を縮小し、規制を緩和するものとなる。