FoE Japan
深草亜悠美
原発と気候変動対策
2020年10月、菅義偉首相(当時)は、「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロ にする」という目標を打ち出した。日本政府は、原発は温室効果ガスの排出が他の電力源に比べ (2015年の国連気候変動枠組条約締約国会議 て少ないとして、脱炭素化の選択肢に含めており、「安全性を確保しつつ原発を活用する」としている。
気候変動対策として進められる政策や事業の中には、環境破壊や人権侵害などを引き起こす事業、もしくは、本質的に気候変動対策にならないものが少なからず含まれている1。原発はその最たるものである。危険で処理方法すら決まっていない放射性廃棄物を生み出すこと(p.12 参照)、ウラン採掘から原発内での作業、廃炉作業も含めて被ばく労働を伴うこと、発電に伴うコストが高いこと(p.9 参照)だけを考えても、原発は気候変動対策としては不適切である。
そもそも気候変動対策とは
産業革命期以降、地球の平均気温は約 1℃上昇した。日本の平均気温もこの 100 年ほどで、約1.2℃上昇している。サンゴの白化、熱波や威力をます台風による農産物への被害など、私たちの生活・食・文化・経済活動の様々な面で気候変動の影響が現れている。2018 年、西日本を中心に広い範囲で発生した豪雨や2019年の台風19 号など、気象庁は、気候変動が被害 激化の一因となっているとする分析を発表している2。
2015 年の国連気候変動枠組条約締約国会議 (COP21)でパリ協定が採択され、気温の上昇を1.5℃に抑える努力を追求すること、そのためにすべての国が温室効果ガスの削減に取り組むことが定められた。
2018 年 10 月に IPCC(気候変動に関する政府間パネル)がまとめた「1.5℃特別報告書」によれば、1.5℃目標達成のためには、温室効果ガス排出を 2030 年までに 2010 年比で 45%以上削減し、2050 年までに実質ゼロにする必要がある。
原発推進は温室効果ガス削減につながるのか?
日本の温室効果ガスの排出の9割はエネルギー分野によるもので、そのうち発電からの排出は全体の4割を占める。そのため、化石燃料、とくに排出の大きい石炭火力発電からの脱却が求められている。日本政府や電力業界は「運転時に温室効果ガスの排出の少ない」原発を、低炭素電源として位置付け気候変動対策の一つとして推進している3。しかし、原発の推進は、温室効果ガス削減につながるだろうか。
日本では1960年代から原発が推進されてきたが、原発が増加の一途をたどった約50年間、日本の温室効果ガスは減少しておらず、むしろ増加した。原発は「大規模集中型の電力多消費社会」を維持し、再エネや省エネの促進のための対策を妨げてきた面がある。一方で、原発がほとんど稼働していない 2014年以降、日本の温室効果ガス排出量は減少傾向にある(p.11参照)。これは、電力需要の減少や再エネの伸びによるものだ。
原発のリスクやコストが甚大であることは世界的に認識されている。例えば、京都議定書の元に成立したクリーン開発メカニズム(CDM)4の制度の中で原発を使うことは認められなかった。市民社会から、事故のリスク、放射性廃棄物などの観点から、原発を CDM の対象にしないよう求める声が上がっていただけでなく、実際の政府間交渉の中でも、原発の技術を持つ一部の先進国から、中国やインドなど一部の途上国での原発事業に莫大な資金がつぎ込まれ、他の途上国に事業が来なくなるという懸念も示されていた。
ただし、パリ協定成立以降、国連の交渉の場で CDM の後継に当たる仕組みの議論が話し合われていたが、その仕組みが決定された COP26(2021年)の合意文書には原発への言及はなく各国の判断に委ねられている。
気候変動に脆弱な原発
気候変動対策は、温室効果ガスの削減だけにとどまらない。気候変動への適応への観点からも原発の問題が指摘されている。
原発は冷却のために大量の水を使うため、世界の原発の多くは海岸線や河川近くに建設されている。そのため、熱波による冷却水不足、海面上昇や大型台風・サイクロンによる浸水リスクが指摘されており5、実際これらにより原発の停止を強いられるケースが出てきている。例えば 2019年、フランスでは高温により冷却水が確保できず、原発の運転を停止せざるをえなかった。フランスでは少なくとも 2003年、 2006年、2015年、2018年にも同じ理由で原発が停止した6。
また、原発はひとたび事故や災害、なんらかのトラブルで停止すれば、広範囲にわたり電力供給に影響を及ぼすという脆弱性を有している。
原発ではなくより有効で安全な気候変動対策を
原発事故後に明白になったのは、省エネや再生可能エネルギーこそ有効な気候変動対策であるということだ。
リスクが大きく経済性も失われている原発は、解決策として位置付けるべきではない。また、電力部門に止まらず、ライフスタイルの抜本的な転換やシステムのあり方の転換が求められる中、大規模集中型電源である原発に投資を続けるのではなく、電力需要の削減や、小規模分散型の再エネを調整しながら使っていく技術に投資を行うべきではないだろうか。
- たとえば、森林破壊を伴うメガソーラー事業、海外から大量の燃料を輸入するバイオマス発電事業、広大な土地 を囲い込むバイオマス燃料事業、自然破壊や住民移転を伴う堤防事業など。2015 年に採択された気候変動対策 に関する国際的な枠組み「パリ協定」でも、気候変動対策の際には、人権、健康についての権利、先住民族、地 域社会や、世代間の衡平を尊重・考慮すべきと明記されている。
- 気象庁ウェブサイト「特集 激甚化する豪雨災害から命と暮らしを守るために」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/hakusho/2020/index1.html - 平成6 年(1994 年)の「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」に原子力発電が温暖化対策として有効であると明記されている。その後、原子力長期戦略に平成17 年に策定された「原子力政策大綱」でも温暖化への貢献が明記された。続く、エネルギー基本計画においても、重ねて気候変動対策としての原発の位置付けが強調されている。
- 先進国が途上国で技術支援等を行い、温室効果ガス排出削減に貢献した分を支援元の国の削減分の一部に充当することができるという制度
- “Nuclear power’s reliability is dropping as extreme weather increases” 2021 年7 月24 日 https://arstechnica.com/science/2021/07/climate-events-are-the-leading-cause-of-nuclear-power-outages/
- “Nuclear Power feeling the heat” Foresight 2019 年8 月7 日 https://www.climateforesight.eu/energy/nuclear-power-feeling-the-heat/