原子力損害賠償法の見直し
改正原子力損害賠償法(原賠法)が、2018年12月5日国会で成立した。「抜本的な見直し」の必要性が指摘されていたにもかかわらず、原賠法の根本的な問題は解決されず、原子力事業者や株主、銀行、メーカーを守る仕組みはそのまま温存された。現在の福島第一原発事故の賠償をめぐり、東電破たんを避けるためにツケを国民に押し付けた構造を、将来的にも適用可能としてしまった。原賠法見直しの主たる問題点をまとめた。
1 据え置かれた「賠償措置額」
原賠法第6条では、「原子力事業者は、原子力損害を賠償するための措置(以下「損害賠償措置」という)を講じていなければ、原子炉の運転等をしてはならない」とされており、第7条でこの額は1,200億円とされている。事業者は、原子力損害賠償責任保険および原子力損害賠償補償契約という2種類の保険により、事故時の賠償を担保する。
福島第一原発事故における被害者への賠償費用は8兆円、除染費用は6兆円となり、 賠償に要する見込み額は総額14兆円にのぼっている1。現在の賠償措置額の1,200億円はこの100分の1以下に過ぎず、全く不十分であることは誰の目からも明らかである。しかし、この額は据え置かれてしまった。理由は、保険市場が「これ以上引き受けることができない」こと。すなわち、原発のリスクは大きすぎると保険市場が判断していることにほかならない。であれば、原発を動かすべきではない。
2 「無限責任」「無過失責任」は維持。実態は…
従来の「無限責任」(原子力事業者の賠償額に上限を設けない)、「無過失責任」(原子力事業者が過失の有無にかかわらず責任を負う)は、電気事業連合会などが見直しを求めていたが、これはさすがに維持された。しかし後述のようにこの「無限責任」は現実には骨抜きになっている。
3 守られているのは原子力事業者、株主、銀行
政府は、東電の破たんを避けるため、2011年、「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」(以下、支援機構)を設立し、交付国債、政府保証による融資、電力事業者からの負担金などを東電に支払う仕組みをつくった(図)。
図 「支援機構」を介在して東電に注ぎ込まれる資金
東電は法的整理を免れ、経営者、株主や東電に融資している銀行はその責任を果たしていない。支援機構を通じて交付された賠償資金のうち、最終的に東電が負担するのは 25.5〜45.1%に過ぎず2、残りは何らかの形で国民負担になる。支払い利息は約1,439〜2,182億円と算定されている3が、これは国が負担する。
第16条では、損害が賠償措置額を超えるとき、国は「原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なう」としており、これが支援機構設置の根拠になっている。しかし原子力事業者の責任をあいまいにしたまま、国が支援をすれば、原子力事業者の経営者、株主、債権者が責任を問われないままとなる。
4 「原子力の健全な発展」?
原賠法第1条に、「被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする」とされている。しかし、被害者保護と原子力事業の健全な発達が同列に扱われていることは誰が考えてもおかしい。目的を「被害者の保護」に絞るべきである。
5 原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)和解案の実効性を
東京電力は、「ADRの和解案の尊重」を約束しているにもかかわらず、実際は ADR和解案を再三にわたって拒否している。浪江町住民1万5,700人のADR集団申し立て(2013年1月31日申し立て、2018年4月5日打ち切り)では、東電が6度にわたり和解案を拒否した。2018年10月までに、申し立てを行った住民のうち高齢者など900人以上が亡くなった。和解案が著しく不合理なものでない限り、原子力事業者にその受諾義務を負わせることが必要であろう。
6 損害賠償実施方針の作成・公表の義務付けについて
今回の見直し法案では、原子力事業者による損害賠償実施方針の作成・公表が義務付けられた(第17条2)。しかし、詳細については一切書かれておらず、内容が十分であるかが問われていない。内容を第三者が確認し、不十分な場合は原発を運転してはならないという規定を盛り込むべきである。
- 経済産業省東京電力改革・1F問題委員会平成28年12月20日報告書
- 会計検査院「東京電力株式会社に係る原子力損害の賠償に関する国の支援等の実施状況に関する会計検査の結果についての報告書」(平成30年3月)
- 同上
(『福島の今とエネルギーの未来2020』)