2012 年 9 月に、原子力安全保安院と原子力安全委員会が廃止され、新たな規制組織として原子力規制委員会が発足した。規制委員会は、原子力防災の基礎となる原子力災害対策指針(以下、指針)を策定した。
旧防災指針の中で原子力発電所の半径約 8 ~ 10km とされていた防災対策の重点対策の目安(EPZ)は廃止され、代わりに PAZ(5km 圏)、 UPZ(30km 圏)の概念が採用された。UPZに含まれる原発30km 圏内の自治体は、指針に基づき、広域避難計画を含む原子力防災計画を策定することになった。
しかし、原子力災害対策指針も、それに基づき策定されている各地の避難計画も、福島第一原発事故における教訓を踏まえたものでもなく、住民を被ばくから守るものにもなっていない。
実効性を担保できない
避難計画は、原発が冷却機能を失い、放射性物質がもれだすような重大な事故の際、住民を守る最後の砦となるはずのものだ。それにもかかわらず、避難計画の実効性の確認が、原発の運転の際の法律上の要件となっておらず、また第三者が審査するような仕組みがない。本来であれば、再稼働のための原子炉設置変更許可を出す際、原子力規制委員会が審査する対象に避難計画も含まれるべきであろう。現状ではそうなっていない。
避難計画策定の範囲
避難計画を策定しなければならないとされているのは、原発 30km 圏内の自治体だ。しかし、この範囲設定は妥当だろうか。たとえば、福島第一原発事故において、全村避難となった飯舘村は、もっとも原発から離れた場所で 45km 程度。50km 以上離れた福島市においても、1 週間以内に避難とされている毎時 20 μ Sv を上回る空間線量率を観測している。このことは 30km 圏外であっても、避難はありうることを示している。
福島第一原発事故後のプルーム(放射性物質を含んだ大気の塊)の流れは風向きや地形によって変化し、東日本の広い範囲に影響を与えている。放射性物質の影響は「距離」だけではなく、原発事故の規模や風向き、地形に強く依存する。30km 圏で線引きをすることは妥当とはいえない。
複合災害に対応できない
現在の指針や避難計画では、地震・津波・台風・大雪などの自然災害と原子力災害とが同時に生じる「複合災害」に対応できない。
たとえば、屋内退避に過度に依存した内容となっている点だ。UPZ(5 ~ 30km 圏)においては空間線量率が相当高くならなければ屋内退避ということになっている。PAZ(5km 圏内)であっても避難が困難な要支援者については屋内退避することになっている。しかし、地震により家屋が倒壊するケース、もしくは繰り返し襲う余震で屋内退避が危険なケース、津波・台風・浸水などにおそわれ屋内退避ができないケースは容易に想像がつく。
さらに避難経路が海岸沿いにある、船で逃げる計画となっているものもあるが、悪天候で使えなくなる可能性も考えうる。
住民に高線量下での避難を強いる
原発事故が進展し、「全交流電源の喪失」「非常用炉心冷却装置による注水不能」といった状況に至った場合でも、避難するのはPAZ の住民のみで、UPZ の住民は基本的に屋内退避となる。
UPZ の住民が避難するのは、毎時500 μ Sv(OIL1)以上になった場合(即時避難)、もしくは毎時20 μ Sv(OIL2)以上になった状態が続いた場合(一週間以内に一時移転)である。しかし、これらの線量基準は高すぎ、住民に高線量下での避難を強いることになりかねない。OIL1 については2 時間で、平常時の公衆の被ばく限度とされている年1mSv に達してしまうという高いレベルの基準である。
福島第一原発事故の際は、事故の翌日の3 月12 日の夕方には20km 圏内には避難指示が出されていた。もし、このOIL1、OIL2 が当時適用されていたら、迅速な避難指示は出されなかっただろう。
ぐんぐんと線量が上昇しているような状況下で、住民に屋内退避をさせ、高い線量になってから避難をさせるというのは、住民を被ばくから守るという観点からは適切ではない。
安定ヨウ素剤の配布・服用をめぐる問題
原発事故によって放出される放射性ヨウ素は、体内に吸収されると甲状腺に集まり、甲状腺がんなどを引き起こす。これを防ぐには、安定ヨウ素剤の服用が効果的である。重要なのは服用のタイミングであるが、原子力規制委員会のマニュアルでは、被ばく前 24 時間から被ばく後 2 時間までの間に服用することにより、放射性ヨウ素の甲状腺への集積の 90%以上を抑制することができるとしている。
しかし、現在、安定ヨウ素剤は PAZ では事前配布されるものの、UPZ では避難経路に近接した公共施設に備蓄し、避難の途中で自治体職員が住民に配布し、原子力規制委員会の服用指示のもとに服用が行われることとなっている。
前述のようにUPZ の住民の避難基準の線量はかなり高い。住民はかなりの高線量の中を避難することとなる。事前配布されていなければ「被ばく前の服用」は困難であるし、避難途中で住民が確実に受け取れるのか、その際、必要な確認や説明が行えるのかどうかは疑わしい。
茨城県や水戸市に要望書を提出 ~東海第二原発の広域避難計画めぐり FoE Japan では、茨城県の市民グループ「原子力防災を考える会@茨城」や「原子力規制を監視する市民の会」とともに、東海第二原発の広域避難計画をめぐり、茨城県や水戸市との意見交換を継続しています。たとえば、感染症が流行する状況での広域避難を可能にするには、検査所や避難所、避難車両などで密集を避けるための追加的な措置が必要だと指摘。また、避難所のスペースが狭すぎることについても問題提起し、こうした観点で計画を見直し、実効性が確認されるまでは、再稼働に向けた議論をしないことを求めました。
(「福島の今とエネルギーの未来 2022」)