年表 福島第一原発事故から 15 年

    福島第一原発事故から15年。事故直後の出来事、政策の変遷、裁判や市民運動の動き、原発回帰の動きなどをまとめました。

    2011年

    3月11日の東日本大震災およびそれに続く福島第一原発事故の発生。相次ぐ原発の爆発は世界に衝撃を与えました。広い範囲に放射性物質が流れ、多くの人たちが避難を強いられました。それまで公衆の被ばく限度は年間1ミリシーベルトとされていましたが、避難の基準や、学校の利用の基準は年間20ミリシーベルトとされ、批判の声が高まりました。東電は早い段階でメルトダウンを認識していましたが、それを隠していたことが後に判明。

    3月11日午後2時46分、三陸沖を震源にマグニチュード9.0の地震が発生。宮城県で最大震度7を記録した。太平洋沿岸に大津波が襲い、東京電力福島第一原発は全電源喪失に陥った。政府は「原子力緊急事態宣言」を発令
    12日福島第一原発1号機で水素爆発。半径20キロ圏内に避難指示
    14日3号機で水素爆発
    15日4号機で水素爆発
    福島第一原子力発電所3号機
    福島第一原子力発電所3号機
    (出典:東京電力ホールディングス)
    4月19日文部科学省が、学校や校庭の使用基準として年間20ミリシーベルト、空間線量率3.8マイクロシーベルト/時を通知。公衆の被ばく限度の20倍であったことから批判が高まる
    22日飯舘村などが計画的避難区域に指定
    5月6日菅直人首相が中部電力に対し浜岡原発の運転停止を要請
    9日中部電力は浜岡原発4・5号機の運転停止により全号機を停止
    12日東電がメルトダウン(炉心溶融)を認める。それまでは、その一つ前の段階の「炉心損傷」としていた。その後、東電が事故直後からメルトダウンを認識していたことが判明
    23日学校の利用目安として文部科学省が年間20ミリシーベルト基準を設定したことに対し、福島の父母ら、文部科学省前で撤回を訴え。公衆の被ばく限度の20倍もの基準に批判の声が高まる
    年20ミリシーベルト基準の撤回を求め、<br>文部科学省前で抗議する父母ら
    年20ミリシーベルト基準の撤回を求め、
    文部科学省前で抗議する父母ら
    7月13日菅直人首相が記者会見で「原子力に依存しない社会を目指す」との考えを表明
    8月5日原子力損害賠償に関する中間指針が公表される。政府指示の避難区域外からの避難(自主避難)については盛り込まれず、批判が高まる
    12月6日政府指示の避難区域外における居住者、避難者に対しても少額ながら賠償を認める「自主的避難等対象区域」が中間指針追補に盛り込まれる
    16日野田佳彦首相が記者会見で「原子炉が冷温停止状態に達し、事故自体は収束したと確認した」と発言
    21日政府は第一原発廃炉工程表を発表。廃炉完了には最長40年かかり、2051年度とされた

    2012年

    脱原発のうねり、高まる――野田佳彦首相(当時)が、関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働を決定しましたが、これに反対する人たちが何万人も官邸前に集まり、デモを行いました。この年の夏、「エネルギー・環境の選択肢に関する国民的議論」が行われ、いったんは「2030年代原発稼働ゼロを目指す」方針が決定。しかし、12月、民主党の敗北により、自公連立の第二次安倍政権が発足。6月には、原発事故被災者に対する国の支援について定めた「子ども・被災者支援法」が国会で成立しました。

    5月5日北海道電力泊原子力発電所3号機が定期点検のために停止し、国内の稼働原発がゼロに
    6月11日福島県民1,324人が、東電旧経営陣および当時の政府関係者ら33名を、業務上過失致死傷罪や公害罪などで刑事告訴・告発。東電の刑事責任を追及するものとしては初めて。11月には全国から14,716人による告訴・告発となる
    (写真提供:佐藤真弥)
    16日野田佳彦首相が、関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働を決定
    21日「原発事故子ども・被災者支援法」(「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」)が国会で成立。被災者自らの意思による居住、避難、帰還の選択が可能となるよう、国が支援を行うなどを定めた
    27日原発の運転期間を原則40年とすることなどを盛り込んだ原子炉等規制法の改正が成立
    29日この頃、毎週金曜日に官邸前で行われた原発再稼働反対行動には多くの人々が参加し、6月29日には10万人(主催者発表)を超えた
    官邸前の再稼働反対デモ
    官邸前の再稼働反対デモ
    (写真提供:横関一浩)
    7月1日大飯原発3号機が再稼働。5月5日の泊原発の停止から約2ヶ月間原発ゼロ
    16日代々木公園での「さようなら原発集会」に17万人が参加
    7-8月「エネルギー・環境の選択肢に関する国民的議論」として、意見聴取会、パブリック・コメント、討論型世論調査などを実施
    9月14日国民的議論を踏まえ、2030年代に原発稼働ゼロを目指すとした「革新的エネルギー・環境戦略」を決定
    19日新たな原子力規制組織「原子力規制委員会」が発足
    12月7日原子力規制委員会が原発の耐震設計で考慮すべき活断層を、「12万~13万年前以降の活動が否定できないもの」とし、必要に応じて「40万年前にさかのぼって活動性を評価する」とした
    16日衆院選挙で与党の民主党が大敗。自公連立への政権交代が確定し、12月26日に第二次安倍晋三政権が発足

    2013年

    安倍首相は、「2030年代原発稼働ゼロ」方針の撤回を表明。

    一方で、この年の9月に大飯原発4号機が停止し、以降、約2年間、原発ゼロの時期が続きました。10月には、「原発事故子ども・被災者支援法」の基本方針が閣議決定されましたが、被災者の声は反映されませんでした。

    1月30日安倍晋三首相が衆院本会議で、「2030年代原発稼働ゼロ」について「ゼロベースで見直す」との考えを表明
    6月19日原子力規制委員会が原発の新規制基準を決定
    9月7日安倍晋三首相が国際オリンピック委員会総会で福島第一原発の汚染水漏れを「状況はコントロールされている」と説明
    (出典:内閣官房ホームページ)
    15日大飯原発4号機が定期点検のために停止し、以降、2015年8月11日まで約2年間、原発ゼロの時期が続く
    10月11日「原発事故子ども・被災者支援法」の基本方針が閣議決定。支援対象地域の範囲拡大、住宅支援の継続などを求める被災者の声は反映されなかった

    2014年

    原発は「重要なベースロード電源」とする第4次エネルギー基本計画が閣議決定されました。一方で、福井地裁で、大飯原発の運転差し止め判決が出されました。

    4月1日東京電力が廃炉作業を担当する「福島第一廃炉カンパニー」を設置
    3日北海道函館市が、青森県大間町に建設中の大間原発について建設中止などを求めて東京地裁に提訴。自治体が原告となり、建設中止の訴訟を起こすのは初めて
    11日安倍政権が、第4次エネルギー基本計画を閣議決定。原発を「エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」と位置付けた
    5月21日福井地裁(樋口英明裁判長)が、大飯原発3、4号機の運転差し止め訴訟で再稼働を認めない判決を言い渡した。福島事故後、原発の差し止めを認める判決は初めて(2018年7月4日に名古屋高裁金沢支部が一審判決を取り消し、運転を認めた)

    2015年

    九州電力川内原発1号機が再稼働――2012年に発足した原子力規制委員会が審査した原発としては初。原発が稼働するのは約2年ぶり。

    3月13日除染廃棄物の中間貯蔵施設(大熊町・双葉町)への搬入作業を開始
    7月31日東京第5検察審査会が2度目の起訴相当議決を出し、東電旧経営陣3人の「強制起訴」が決定した
    8月11日九州電力川内原発1号機が、再稼働。新規制基準が適用されたものとして初
    川内原発外観
    川内原発外観
    (出典:九州電力)

    2016年

    電気が選べる時代に――それまで東京電力や関西電力などに独占されていた一般家庭向けの電力小売が自由化されました。新電力が参入し、消費者はどの電力会社から電気を買うのかを選べるようになりました。

    4月1日電力小売全面自由化
    11月22日ベトナム国会が、日本とロシアの支援により建設を計画していたニントゥアン原発建設計画の中止を決定。高コスト、債務増大への懸念、エネルギー需要の伸びが予想を下回ったことなどによる
    ベトナム・ニントゥアン省の原発建設予定地の漁村
    ベトナム・ニントゥアン省の原発建設予定地の漁村
    (写真:FoE Japan)
    12月21日政府は原子力関係閣僚会議で高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉を決定。一方、使用済み核燃料の再処理を目指す核燃料サイクル政策は維持し、もんじゅに代わる高速炉の開発を続けることも決定した

    2017年

    住宅支援が打ち切りに――福島県は政府指示の避難区域外からの避難者(自主避難者)約2万7,000人に対する住宅無償提供を終了しました。経済的に困窮する避難者が多い中の支援打ち切りには、避難者や支援者から批判の声があがりましたが、その後、避難者への住宅支援は、次々に打ち切られていきました。

    3月29日東芝の子会社WH(ウェスチングハウス)が米連邦破産法11条を申請。WHは、アメリカでの原発建設をめぐり巨額の損失が発生していた。これにより、東芝は債務超過に陥り、経営危機に直面した
    31日福島県は政府指示の避難区域外からの避難者(自主避難者)に対する住宅無償提供を終了。対象は約2万7,000人
    住宅無償提供打ち切りの撤回を訴える「避難の協同センター」による記者会見
    住宅無償提供打ち切りの撤回を訴える
    「避難の協同センター」による記者会見(写真:FoE Japan)
    7月28日政府の最終処分関係閣僚会議が、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の立地選定のために「科学的特性マップ」を公表

    2018年

    巨額賠償の備えは?――「原子力損害賠償法」の改正案が国会で可決成立しました。福島第一原発事故の賠償額が14兆円を上回ることが明らかであったのに対して、「原子力損害を賠償するための措置」として原子力事業者が準備しておくべき「賠償措置額」は、その100分の1以下の1200億円に据え置かれました。

    7月3日第5次エネルギー基本計画閣議決定。再エネの主力電源化が書き込まれる
    10月25日東北電力が女川1号機の廃炉を決定。廃止日は12月21日に
    12月5日「原子力損害賠償法」の改正案が国会で可決成立。賠償の備えである「賠償措置額」が1200億円に据え置かれるなど、必要とされた「抜本的改正」とは程遠いものだった

    2019年

    問われぬ東電の責任――東京電力の旧経営陣3人の刑事裁判で、東京地裁は無罪判決を下しました。被災者からは「東電の責任がうやむやにされる」などと落胆の声がきかれました。裁判所前では被災者や支援者が集まり、「不当判決」「責任を問えない司法はおかしい」といったプラカードや抗議が行われました。

    7月31日東京電力が福島第二原発の全号機(1~4号機)の廃止決定を発表。9月30日を廃止日とした届出書を経済産業大臣に提出
    9月19日東京地裁は、福島第一原子力発電所の事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で起訴されていた東京電力の旧経営陣3人に無罪判決を下した(最高裁は2025年3月5日付の決定で、旧経営陣を無罪とした1、2審の判断を支持。旧経営陣の刑事責任を否定した)
    (写真提供:福島原発刑事訴訟支援団)

    2020年

    原発輸出の失敗――日立が英国ウェールズでの原発建設事業から完全撤退。この事業は、日英両政府が公的資金投入や融資保証などを示唆しており、全面協力する姿勢を見せていましたが、日立は、約3兆円の巨額の建設費の資金調達のめどが立たないこと、投資のリスク・リターンバランスが見合わないことなどから、撤退の決断に至りました。

    9月16日日立が英国ウェールズでの原発建設事業から完全撤退を正式決定。事業費の増大と資金調達の不透明さが主要因
    日立前本社前で原発輸出に反対する市民たち
    日立前本社前で原発輸出に反対する市民たち
    (写真:FoE Japan)
    10月9日北海道寿都町が高レベル放射性廃棄物等の最終処分地選定に向けた文献調査に正式応募。同日、北海道神恵内村が国からの文献調査申し入れを受諾。11月2日から全国初の文献調査を開始
    12月4日大阪地裁は、関西電力大飯原発3、4号機の設置変更許可を取り消す判決を下した。「規制委の判断は地震規模の想定で必要な検討をせず、看過しがたい過誤、欠落がある」と判断した
    大飯原発の設置変更許可取り消し判決に喜ぶ原告ら
    大飯原発の設置変更許可取り消し判決に喜ぶ原告ら
    (写真提供:おおい原発止めよう裁判の会)

    2021年

    「避難計画は、具体性・実効性を欠く」――東海第二原発をめぐる裁判で、水戸地裁は日本原電に対し運転差し止めを命じました。

    3月18日水戸地裁が、首都圏にある東海第二原発の運転差し止めを命じる判決。避難計画と避難体制が整っていないという理由で判断を下した
    4月13日政府が福島第一原発のトリチウムなど放射性物質を含む処理水を海洋に放出する方針を正式決定
    6月23日関西電力が、運転開始から44年たつ美浜原発3号機を10年ぶりに再稼働させた。東京電力福島第一原発の事故後に「運転期間は原則40年、最長20年延長可能」とするルールができてから、全国で初めての40年超原発の運転となる

    2022年

    「13兆円の支払いを命じる」――東電の株主が旧経営陣を訴えた裁判で、東京地裁が東電の経営陣が重大な事故が生じる可能性を認識していたことを認める判決を下しました。2019年の刑事裁判とは逆の判決に。

    5月31日札幌地裁が泊原発1~3号機の運転差し止めを命じる判決を下した。「津波に対する安全性の基準を満たしていない」などが理由
    6月17日最高裁が福島第一原発事故の避難者集団訴訟で国の賠償責任を認めない判決
    7月13日東電の株主が旧経営陣5人を訴えた裁判で、東京地裁は、勝俣元会長らに13兆円の支払いを命じる判決を下した。「旧経営陣はいずれも重大な事故が生じる可能性を認識しており、事故が生じないための最低限の津波対策を速やかに実施するよう指示すべき義務があった」などとした。しかし、2025年6月6日に、東京高裁で株主側の逆転敗訴に
    (写真提供:佐藤真弥)
    22日原子力規制委員会が福島第一原発の処理水を海洋に放出する計画を認可

    2023年

    甲状腺がん患者が、東電を提訴しました。原発事故後、福島県では事故当時18歳以下の人たちの甲状腺がんが多く発生しており、その数は300人以上に。原告は「自分のがんが原発事故によるものかどうか、裁判所に判断してほしい」としています。

    原発の運転期間、60年超も可能に――原子力規制法から、原発の運転期間を原則40年、1回に限り20年延長できるとする規定を削除するなど、原発推進の法改正が行われました。

    1月18日業務上過失致死で強制起訴されていた勝俣恒久元会長ら東電の旧経営陣3人の控訴審判決で、東京高裁は一審に続いて3人に無罪を言い渡した
    27日原発事故による放射線被ばくの影響で甲状腺がんになったとして、事故時に福島県内に住んでいた17~27歳の男女6人が、東電を提訴
    4月15日ドイツは最後に残っていた3基の原発を停止し、「脱原発」を完了
    脱原発の達成を喜ぶドイツの市民たち
    脱原発の達成を喜ぶドイツの市民たち
    (写真提供:Jörg Farys/BUND)
    28日政府は「特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針」の改定を閣議決定。「政府の責任で最終処分に向けて取り組んでいく」との方針を明記
    5月31日「GX 脱炭素電源法」(原子力基本法、原子炉等規制法、電気事業法、再処理法、再エネ特措法の改正案5 つを束ねたもの)が成立。原子力規制法から、原発の運転期間を原則40 年、1 回に限り20 年延長できるとする規定を削除し、60年以上の運転も可能とした規定を電気事業法に盛り込んだ
    8月2日中国電力が、関西電力と共同で、使用済み核燃料中間貯蔵施設を山口県上関町に建設することを検討していたことが明らかに
    24日東京電力が福島第一原発の処理汚染水の海洋放出を開始
    9月27日長崎県対馬市の比田勝尚喜市長が高レベル放射性廃棄物等の最終処分地選定に向けた文献調査を受け入れないと表明。市民の合意形成が不十分であることなどを理由に挙げた
    10月30日核のごみの処分地について、地質の専門家など300 人余が声明を発表し、「日本に適地はない」と指摘した

    2024年

    東日本で初の再稼働――東北電力女川原発2号機が再稼働しました。原発事故以降、東日本では原発ゼロの状況が続いていましたが、初の再稼働に。

    1月1日能登半島地震。多くの家屋が倒壊し、広い範囲で道路が寸断される。志賀原発周辺のモニタリングポストの不具合や放射線防護対策施設の機能不全なども発生
    能登半島地震で倒壊した家屋
    能登半島地震で倒壊した家屋
    5月10日佐賀県玄海町の脇山伸太郎町長が、高レベル放射性廃棄物等の最終処分地選定に向けた文献調査の実施を受け入れると表明。原発立地自治体での文献調査は初めて
    6月10日原子力発電環境整備機構(NUMO)が玄海町の文献調査を開始
    10月29日東北電力女川原発2号機が再稼働。福島第一原発事故以降、東日本の原発としては再稼働は初
    11月6日原子力発電所から出る使用済み核燃料を一時的に貯蔵・管理する全国初の中間貯蔵施設が、青森県むつ市で稼働。東京電力と日本原子力発電が出資するリサイクル燃料貯蔵(RFS)が中間貯蔵施設を運営
    7日福島第一原発2号機の燃料デブリ(溶け落ちた核燃料と周囲の構造物が固まったもの)の試験的な取り出しが完了した。デブリは880トンと推定されているが、今回取り出されたのは約0.7グラム
    13日原子力規制委員会は、日本原子力発電敦賀発電所2号機の新規制基準適合性審査について「適合するものであると認められない」とする審査結果を正式決定。2013年の新規制基準施行から初めての不合格
    12月7日中国電力島根原発2号機が再稼働。2012年に停止して以来およそ13年ぶり

    2025年

    「柏崎刈羽原発再稼働の是非は県民投票で」――新潟県内の市民団体が14万3000人分を超える署名を県に提出し、県民投票の条例制定を求めました。しかし、県議会はこれを否決。11月、花角英世知事は再稼働を容認しました。

    2月18日政府は第7次エネルギー基本計画を閣議決定。東日本大震災以降の基本計画で記載されてきた「原発依存度の可能な限りの低減」との文言を削除
    3月27日東京電力柏崎刈羽原発をめぐり、新潟県内の市民団体「柏崎刈羽原発再稼働の是非を県民投票で決める会」が14万3000人分を超える署名を県に提出し、再稼働の是非を問う県民投票条例の制定を求めた
    (写真提供:柏崎刈羽原発再稼働の是非を県民投票で決める会)
    柏崎刈羽原発(新潟県)
    4月1日福島第一原発事故後の除染により生じた放射性物質を含む土壌(除去土壌)の公共事業などでの再生利用(復興再生利用)に関する省令が施行
    18日柏崎刈羽原発再稼働を問う県民投票条例案が新潟県議会で否決
    7月22日関西電力が、福井県美浜町での原発新設に向け、敷地および周辺の地質調査の再開を発表
    11月21日新潟県の花角英世知事は、臨時記者会見を開き、東京電力柏崎刈羽原発の再稼働容認を表明
    12月10日北海道の鈴木直道知事は、道議会予算特別委員会で北海道電力泊原発3号機について、再稼働への同意を表明した

    2026年

    1月5日、中部電力浜岡原発(静岡県)の耐震設計の前提となる基準地震動に関するデータが、不正に操作されていたことが明らかになりました。不正が発覚したのは、2025年2月に原子力規制庁に通報があったことによるものです。それまで、原子力規制委員会・規制庁は、不正を見抜けず、基準地震動を「概ね妥当」としていました。

    1月21日には、東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)が再稼働しましたが、翌日には制御棒のトラブルにより停止しました。同原発には、福島第一原発事故を引き起こした東電の信頼性、活断層評価は妥当か、避難計画に実効性があるのかなど、数多くの課題が残されています。

    2024年から2025年にかけて電力システム改革の検証とそれを受けた見直しが行われました。原発の新設への支援となりうる新たな融資制度案も提案されています。

    1月5日中部電力が、浜岡原発の地震評価データを不正に操作していたことが明らかに。原子力規制委員会は1月中にも、中部電力本店などに立ち入り検査することを決めた
    21日東京電力は、柏崎刈羽原発を再稼働させた。5時間後、制御棒トラブルが発生し、22日、原因の特定のため停止。2月9日、再度起動。
    柏崎刈羽原発(新潟県)
    柏崎刈羽原発(新潟県)

    ※この年表は2026年2月9日時点の情報をもとにまとめています。

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